「ベルガモットの森」
深い深い森の中。
聞こえるのは木々が揺れる音、
鳥たちの歌声、
太陽の囁き。
木に生るベルガモットの爽やかな香りに包まれるこの森は、誰も知らない別世界。
そこに2人、小さな小さな小人がいた。
お昼になると決まった場所に2人は集まり、
会うまでに起きた出来事をお話しする。
「こんにちは、ベッド。」
今日も2人はやってきた。
「やあ、シルエット。調子はどうだ?」
ベッドとシルエット。
ベッドは強気に見えて臆病な、
素直な性格。
シルエットは控えめでおっとりしているが、
恐れ知らず。
「とても良いよ。さあ、ご飯にしよう。」
シルエットは持ってきたカゴの中から
サンドイッチとティーセット、
紅茶の茶葉を取り大きな丸太の上に並べた。
「お、今日はサンドイッチだ。」
「キャロットと卵を入れてみたよ。キャロットは一昨日木の葉から取れた甘酢でつけたんだ。卵はお砂糖で甘めにしたよ。今日の紅茶はダージリンティー。ベッド好きだったよね。」
「ああ。ありがとう。さっそくいただくよ。」
ベッドはサンドイッチを頬張り、
好きなダージリンティーを味わうことなく、
一気に飲み干す。
シルエットはサンドイッチを小さな口で1口かじり、ダージリンティーを口の中に静かに流し込み、目を瞑る。
「うん。おいしい。」
「やっぱシルエットは料理が上手だな。」
2人はサンドイッチを食べ終わると、
近くの木に生っていた木の実を摘み、
ダージリンティーに混ぜて飲み、
優雅なティータイムを楽しんでいた。
「そういえばベッド、亡くなったおじい様からいただいた剣はどうしたの?」
「ああ、あれか。玄関に飾ってあるよ。」
「なぜ?ベッド、おじい様のような剣士になりたいって言ってたじゃない。せっかく尊敬するおじい様からいただいた剣をどうして飾るの?それを使って修行したらいいのに。」
「あんな高価な剣、俺には使いこなせないよ。それに剣士になりたいとは言ったけど、向いてるかわからないだろ。」
「でもなりたいなら、やるべきじゃないかな。おじい様の剣を使ってみたら、また新たな発見ができるかもしれないよ。」
「簡単に言うなよ。それで俺にできることはなにもないって気づいてしまったら、俺は一体どうなってしまうんだ。」
「それはそのとき考えたらいいんじゃないかな。いいかいベッド。できないかもしれないからやらないと、やる前から決めつけるのはあまりにももったいない。君は剣を本気で振り回したことがあるの?おじい様の剣を使ってもいないのに使いこなせないなんてどうしてわかるんだい?先日、家の棚に見たことのないオレンジ色の丸いものが閉まってあるのを見つけたんだ。とても美しかった。触ってみたら中に何か入っているのを感じて、周りの皮をむいてみたんだ。そしたら中にはオレンジ色の、宝石のようなものがいくつも入っていた。恐る恐る、舌で感触と味を確かめてみたんだ。すごくおいしかった!甘酸っぱくて、ベルガモットよりも甘い、果実のようだった。僕はこれを使って、ジャムを作ろうと考えたよ。ケーキにもしてみたいな。種をまけば、このオレンジがたくさん生まれてきてくれるかもしれない。見たことのない世界を見ることができるかも。君は同じオレンジを見つけても、見たことのないそれに怯えるかい?皮はむかず、美しいからと飾ってそのままにするかい?怖がってばかりではいけない。おじい様の剣を使ったら剣士になれるかもしれない。なれなかったとしても、その剣を作ってみたくなるかもしれない。剣の鉄を探しに行きたくなるかもしれない。持っているものは、使うべきだよ。歳をとって、ベッドも、剣も、古びてしまう前に。そしたらベッド、君は見たことのない世界を見ることができる。」
シルエットの言葉を聞いて、
ベッドは黙り込んでいた。
ただ、その瞳は真っ直ぐ、
シルエットの瞳をとらえ、離さなかった。
それから、ベッドとシルエットは会っていない。
シルエットは見つけたオレンジでジャムと、
ケーキを作るために家に引きこもっていた。
オレンジを優しく潰し、
砂糖を入れてかき混ぜる。
シルエットはふと窓の外を眺め、微笑んだ。
木々が揺れる音、
鳥たちの歌声、
太陽の囁き。
遠くから聞こえる、
剣が空気を切る音。