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『そして伝説は現実へ……』タクミアーマリー
画面の中ではいつだって勇者になれた。
強大な敵に立ち向かい、何度だって世界を救った。
片手には伝説の剣。
困難を打ち倒して、新天地へと向かう自分がいた。
電源を落とすと勇者だった自分は消える。
武器も失って、丸腰で現実に放り出される。
それでも迫りくる困難には立ち向かわねばならない。
生身の自分では心もとないとしても。
現実で、人は勇者になれるのか。
奮い立たせる剣がもし、この世界にもあったなら。
無敵の力で未来を切り開けるのかもしれない。
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空想の世界から飛び出した、そこは武器屋。
『タクミアーマリー』は現実を生きる人々に開かれている。
店主が抱いた憧れは、戦う勇者へと引き継がれる。
自分を救うための剣。
ゲームプレイヤーなら誰もが一度は手にしたいと思う、ファンタジーに満ちた武器。
ロールプレイングゲームをモチーフにしたアイテムを武器屋『タクミアーマリー』では取り扱っている。
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彼らの正体はプラスチック加工会社『匠工芸』。
看板やディスプレイの受注制作を主な事業とする、兵庫県高砂市の町工場だ。
プラスチック職人から武器屋へのジョブチェンジには、代表であり店主でもある折井匠さんの壮絶な想いが背景にあった。
「ずっと自殺を考えてたんですよ。30歳で起業したはいいものの、ワクワクするような経営者人生は待ってなかった。作りたいものを作る職人になれず、5年間は病んでました。どうやったら仕事が楽しくできるんだろうと人生振り返って考えてたら、小学生の頃を思い出して。ファミコンやって夢中になって木の棒振り回した、あの世界。ゲームに出てきたファンタジーの剣を持ってる技術で作れたらワクワクできる。そう思ったんです」
プラモデルが好きだった折井さん。
職人の道へと進んだ先で出会ったのが、プラスチック切削機械のNCルーター。
ロボットを操縦するパイロットのように精密機械を操り、思い通りの造形を作れる。
かつての憧れとも結びつき、資金を溜めてNCルーターを購入。
独立を果たすが、思い描いていた生活はそこにはなかった。
月末の支払いのために仕事を取る毎日。
数年経って収入が安定しても、人生は面白くならない。
何のために経営者になったのか。
自問自答を繰り返し、目の前には死がよぎる。
先の見えない闇の中、折井さんは気づく。
NCルーターとアクリル板があれば、架空の武器を再現できる。
終業後の18時、工場に残って理想の剣を切り出した。
壊れそうになる自分を止める剣。
『タクミアーマリー』最初の武器はそうして生まれた。
「新しいデザインの剣を作るごとに、心が前向きになりました。何気ない仕事も『ありがとうございます』と取れるようになって。でも剣に請求先はない。売れないと従業員は納得してくれない。これはなんなんですか、趣味ですか、道楽ですか。僕にとっては遊びじゃないんですけど、理解を得るのは難しかったですね」
継続するにはビジネスに変えるしかない。
剣の需要を探し、2015年からはイベントへ出店するようになる。
しかし、造形が良くても単価の高い剣はなかなか売れなかった。
空振りに終わっても折井さんは諦めない。
価格帯をリサーチ。1万円から2万円なら剣にもお金を出してもらえる。
そこで製作したのが短剣『ロミニングカトラス』。
臨んだ2017年のイベントで、剣は次々と売れていった。
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「剣がお金に変わった。5年かけてお金に変わって、赤字がなくなったんです。それが転機でしたね。従業員にも言えるようになったんです。これは仕事で、剣を作ってくれと」
長い旅を経て、武器屋『タクミアーマリー』は看板を掲げるのだった。
武器屋に立ち寄り、冒険に旅立つ。
現実に武器屋を開いた折井さん。
ファンタジーが持つ意味についてこう語る。
「ファンタジーって想像して楽しむものではあるんですけど、誰もが日常に求めてるものでもあるというか。社会人ほど普段生きててワクワクできてる人が少ないなって思います。日常にファンタジーを持ってこれたら、心豊かに生きられる。僕はそれを作ってますね」
永遠に空想に浸ってはいられない。
それでも現実を生きる自分たちに、ファンタジーは勇気を与える。
世界を救う勇者にはなれなくても、自分を救う自分にはなれる。
心に剣を装備する。
現代であっても人生は冒険の連続だ。
プラスチックで作られた剣を「お守り」として携えてほしい、と折井さんは言う。
「生きてたらずっと挑戦が続くじゃないですか。この仕事やって上手くいくかな、危ないからやめとくか、みたいな。けどやった先に上手くいく、いかないがある。そのとき必要になるのは切り開く力。誰かがやってるのが大事。最前線でチャレンジして戦ってるの、武器屋のおっさんじゃね? だったらやってみよう、っていう証明に僕自身がなりたい。あの人の作った剣を握ってれば大丈夫って思ってほしいです」
立ちはだかる脅威に挑む、そのときに。
希死念慮を払ったときのように、あらゆる不安を斬り捨てる。
行ってらっしゃい、良き旅を!
工房から手を振って、折井さんは冒険者を送り出す。
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本拠地は高砂市だが、近年は関東圏への出店も多いそうだ。
日常にファンタジーを。
培った加工技術により製造された精巧な武器の数々。
『タクミアーマリー』が取り扱うアイテムはどれも一級品だ。
一番人気は転機にもなった『ロミニングカトラス』。
属性によりカラーの異なる短剣は、あなたを幻想の世界へ誘う。
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普段使いできるアイテムには『魔法陣コースター』も。
神秘的な紋様の刻まれた魔法陣が日常を非日常に刷新。
コースターだけでなくフィギュアや小物の飾り台として、特製ケースと合わせればそのままインテリアとしても機能する。
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さらに現在、さらなるファンタジー体験として『テイル・フロム・エファンゲーリウム』を展開中。
モンスターと戦うオリジナルアトラクションで、購入した武器やレンタルした武器で戦闘に臨むことができる。
高砂市にある工房の2階で体験できる他、近日中にはポップアップショップでも遊べるように準備を進めているという。
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武器作りにおいて折井さんが重視する要素は2つ。まず、宝石のようであること。折井さんがゲームの世界に抱くのは、眩しい輝きと凹凸のある装飾。新しい武器を作る際は大人がかっこいいと思えるデザインを心掛けているそうだ。
同時に意識しているのは質量感。
重すぎず軽すぎず、持ったときに気持ちいいと思える重さを。
モンスターとも戦える、ジャストな実在性を目指している。
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ファンタジーをリアルに持ち込む。
『テイル・フロム・エファンゲーリウム』の企画経緯とも繋がる精神が、折井さんの根底にはある。
「今日は剣を買って、モンスターと戦ってきた。夢なのか現実なのかわからない体験が何よりもワクワクできると思うんです。僕もそれを仕事にできるのは楽しいので。こんな仕事もあるんだ、こんな生き方もあるんだ。ギャアギャア言ってても大人って成り立つんだというのを伝えたいですね」
ファンタジーとリアルを重ねていく。
武器屋が歩み始めた物語は、まだ序章に過ぎない。
武器屋情報
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執筆者:廣瀬慎