吉本 俊二

最近は読書感想文が多いです。ごくたまに時事問題、映画・アートなどの話題も取り上げます。趣味で撮っている写真も時々アップします。

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マガジン

  • 本読みの記録(2024)

    ブックレビューなど書物に関するテキストを収録しています。対象は2024年刊行の書籍。

  • 本読みの記録(2018)

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  • 本読みの記録(2021-2022)

    ブックレビューなど書物に関するテキストを収録しています。対象は2021-2022年刊行の書籍。

  • 本読みの記録(2023)

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  • エセー

    社会の出来事について、身辺の些事について、おりおりに思ったことを綴っていきます。

最近の記事

一人の男の誕生と死〜『朝と夕』

◆ヨン・フォッセ著『朝と夕』(伊達朱実訳) 出版社:国書刊行会 発売時期:2024年8月 ヨン・フォッセは2023年のノーベル文学賞を受賞した作家。本作は二部に分かれていて、一人の男の誕生と死の日を描いています。舞台はノルウェーの漁村。 〈第一部 誕生〉は、息子の誕生を待つオーライの視点で描写されます。独特のリズムと語彙で描き出される生命の誕生の時間。本作のなかでもひときわ印象的な場面を作りだしていると感じられました。生まれた子はオーライの父親と同じヨハネスと名づけられま

    • フーコーの視点を導入してヘーゲルを読む〜『国家はなぜ存在するのか』

      ◆大河内泰樹著『国家はなぜ存在するのか ヘーゲル「法哲学」入門』 出版社:NHK出版 発売時期:2024年7月 本書はヘーゲルの『法哲学』の入門書です。ヘーゲルの国家論へ誘うのに、フーコーを参照しているのがミソです。すなわち「ドイツ国法論の理論的文脈と、そこに大きな権力概念の転換を見出したフーコーの議論の両方をヘーゲルの『法の哲学』に接続する」ことで、ヘーゲルの国家をめぐる議論を「現代の私たちを取り巻く権力のあり方を論じたものとして理解することができるのではないか」というわ

      • 進化心理学で読み解く精神疾患〜『なぜヒトは心を病むようになったのか?』

        ◆小松正著『なぜヒトは心を病むようになったのか?』 出版社:文藝春秋 発売時期:2024年9月 「進化心理学で読み解く脳のダークサイド」。本書の帯に記されたキャッチコピーです。どういうことでしょうか。サイコパスや他者に対する攻撃性などヒトのネガティブな性質が進化の過程で消失しなかったのは何故か。それを進化生物学の観点から考えるという趣旨です。昨今、人間の心理や行動をめぐる科学においては進化論の視点を導入した研究が進んでいますが、本書もその成果に基づいた一冊といえるでしょう。

        • 哲学なきイベントの迷走〜『大阪・関西万博「失敗」の本質』

          ◆松本創編著『大阪・関西万博「失敗」の本質』 出版社:筑摩書房 発売時期:2024年8月 2025年に予定されている大阪・関西万国博覧会の問題点を五つの観点──政治、建築、メディア、経済、都市──から批判的に検証しています。執筆者は編者でもある松本創のほか、木下功、森山高至、西岡研介、吉弘憲介。 〈万博と政治〉では、ジャーナリストの木下が維新一強体制によって巨額の公金をつぎ込む事業が検証されないまま進んでいく危うさをえぐり出しています。万博の開催地が夢洲に決定したのはなぜ

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        • 本読みの記録(2024)
          41本
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          72本
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          50本
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          9本
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          5本
        • そして映画はつづく
          78本

        記事

          最も日本的な精神性としての〜『IKIGAI』

          ◆茂木健一郎著『IKIGAI 日本人だけの長く幸せな人生を送る秘訣』(恩蔵絢子訳) 出版社:新潮社 発売時期:2018年5月 茂木健一郎が英語で書いたテクストを恩蔵絢子が和訳した本です。原著はヨーロッパでベストセラーになっているらしい。なるほど一読して納得しました。従来のオリエンタリズムの枠組にきっちりハマるような内容ですから。〈生きがい〉を「最も日本的な精神性」と言い切るところは意表をついていますが、それを語るネタが旧態依然としているのです。寿司、築地のマグロ仲買人、茶道

          最も日本的な精神性としての〜『IKIGAI』

          地球上の支配から近代国家を作るまで〜『人類の物語』

          ◆ユヴァル・ノア・ハラリ著、リカル・ザプラナ・ルイズ絵『人類の物語 ヒトはこうして地球の支配者になった』『人類の物語 どうして世界は不公平なんだろう』(西田美緒子訳) 出版社:河出書房新社 発売時期:2022年11月;2023年10月 ユヴァル・ノア・ハラリといえば大著『サピエンス全史』で日本でもおなじみですが、本シリーズはその内容を若者向けにリライトした本といえばいいでしょうか。すなわち人類が地球上の支配者になれたのは、物語を語る力と協働する力であるというのが一冊目の核と

          地球上の支配から近代国家を作るまで〜『人類の物語』

          フェイクを語ってフェイクになった!?〜『半径5メートルのフェイク論「これ、全部フェイクです」』

          ◆岡田憲治著『半径5メートルのフェイク論 「これ、全部フェイクです」』出版社:東洋経済新報社 発売時期:2024年8月 本書は構成主義の立場にたつことを開巻早々に宣言します。 リアルなものとは、視界に入った「そのままのもの」ではなく「つくられ、構成されるもの」とみなす立場です。 しかしそういう前口上は忘れてしまっていいでしょう。本書の記述がそのような原理で必ずしも貫徹されているわけではないからです。フェイクとされているものが事実認定の誤りのほかに、同意できない社会規範やル

          フェイクを語ってフェイクになった!?〜『半径5メートルのフェイク論「これ、全部フェイクです」』

          議会制民主主義の維持発展のために〜『検証 政治とカネ』

          ◆上脇博之著『検証 政治とカネ』 出版社:岩波書店 発売時期:2024年7月 市民団体「政治資金オンブズマン」の代表として政治家の告発を続けてきた憲法学者が「政治とカネ」の問題を明快に解説した新書。 政党に所属する政治家が無所属の政治家と比べて金銭的に特権を有している実態を明らかにする。政治資金規正法の問題点や欠陥について指摘する。一九九四年の政治改革の内実について憲法と議会制民主主義の観点から厳しく評価する。「政治とカネ」にまつわる事件のいくつかを紹介する。そうした分析

          議会制民主主義の維持発展のために〜『検証 政治とカネ』

          自然には敵わないけど、自分の音を付け足してみる〜『ぼくはあと何回、満月を見るだろう』

          ◆坂本龍一著『ぼくはあと何回、満月を見るだろう』 出版社:新潮社 発売時期:2023年6月 2023年3月に他界した坂本龍一の遺言ともいえる書物。ガンの再発時のことが冒頭で語られているのは本書の性格を象徴的に表していると思われます。自分に残された時間を慈しみながら、坂本は後半生をどう生きたかを振り返ります。 坂本の自伝的書物としては、2009年刊行の『音楽は自由にする』の続編にあたります。坂本の問わず語りの形式になっていますが、今回も盟友・鈴木正文が聞き手役。鈴木の〈著者

          自然には敵わないけど、自分の音を付け足してみる〜『ぼくはあと何回、満月を見るだろう』

          情報に対してすぐに反応しないこと〜『あいまいさに耐える』

          ◆佐藤卓己著『あいまいさに耐える ──ネガティブ・リテラシーのすすめ』 出版社:岩波書店 発売時期:2024年8月 「ネガティブ・リテラシー」とは「あいまいな情報に耐える力」をいいます。真偽を即断できない情報をやり過ごし不用意に発信しないこと。フローベールは愚か者を「すぐに結論を出したがる者」と定義しましたが、それに通じる能力といえましょうか。 帚木蓬生の『ネガティブ・ケイパビリティ』が話題になって以降、「ネガティブ〜」の効用を説く本がよく目につくようになりましたが、本書

          情報に対してすぐに反応しないこと〜『あいまいさに耐える』

          給料は国の経済を映し出す〜『データで見る日本経済の現在地』

          ◆明石順平著『データで見る日本経済の現在地 働くときに知っておきたい「自分ごと」のお金の話』 出版社:大和書房 発売時期:2023年5月 経済にも詳しい弁護士の明石順平が、日本経済の現状についてわかりやすく解説しています。標題どおりデータに基づいた分析なので説得力充分、『アベノミクスによろしく』で安倍政権の金融政策を批判した人であるからして、行政への苦言も容赦ありません。 その意味では過去十年の経済政策の成果を検証する2章が本書の読みどころの一つといっていいでしょう。ここ

          給料は国の経済を映し出す〜『データで見る日本経済の現在地』

          「本当の息苦しさも知らない癖に」〜『ハンチバック』

          ◆市川沙央著『ハンチバック』 出版社:文藝春秋 発売時期:2023年6月 主人公・井沢釈華のフィジカルな特徴が本作のあり方を決定づけています。背骨は右肺を押しつぶす形で極度に湾曲している。歩道に靴底を引きずって歩くことをしなくなって、もうすぐ三十年。 釈華は両親が終の棲家として遺してくれたグループホームの十畳ほどの部屋に住んでいます。数棟のマンションから管理会社を通して家賃収入があり、親から相続した億単位の遺産も手つかずで残っていて経済的な心配はありません。 それでも釈

          「本当の息苦しさも知らない癖に」〜『ハンチバック』

          文学と文学研究の境界で〜『パウル・ツェランと中国の天使』

          ◆多和田葉子著『パウル・ツェランと中国の天使』(関口裕昭訳) 出版社:文藝春秋 発売時期:2023年1月 多和田葉子がドイツ語で書いた小説を関口裕昭が和訳したもの。小説にはパウル・ツェランからの引用がちりばめられ、ゆえにツェラン研究で知られる関口の出番となりました。勢いあまって〈訳者によるエピローグ〉まで書いております。 ツェランは両親をナチスドイツの時代に喪い、彼自身も強制労働を強いられた経験をもちます。戦後はパリに亡命して詩人として活躍しますが、その詩篇は時に難解とも

          文学と文学研究の境界で〜『パウル・ツェランと中国の天使』

          未来に光はあるのか!?〜『人類の終着点』

          ◆エマニュエル・トッド、マルクス・ガブリエル、フランシス・フクヤマほか著『人類の終着点 戦争、AI、ヒューマニティの未来』 出版社:朝日新聞出版 発売時期:2024年2月 朝日地球会議での議論を書籍化したものです。エマニュエル・トッド、フランシス・フクヤマ、マルクス・ガブリエル、スティーブ・ローのインタビュー、メレディス・ウィテカー+安宅和人+手塚眞の鼎談、岩間陽子+中島隆博の対談で構成されています。 国際安全保障とAIが本書の二大テーマ。 トッドの議論はいかにも「親ロ

          未来に光はあるのか!?〜『人類の終着点』

          老舗には日本の伝統と文化が宿っている!?〜『保守とは横丁の蕎麦屋を守ることである』

          ◆福田和也著『保守とは横丁の蕎麦屋を守ることである コロナ禍「名店再訪」から「保守再起動」へ』 出版社:河出書房新社 発売時期:2023年4月 今年9月、惜しまれつつ他界した文芸批評家の最晩年のエッセイ。サンデー毎日に掲載された文章を収めています。 コロナ禍の下ではフィジカルディスタンスが叫ばれ、そのあおりでとくに飲食店の経営が悪化しました。これは由々しき事態です。飲食店は料理や酒を出して利益を得ているだけの存在ではないというのが福田和也の持説です。 そこで福田は自身が

          老舗には日本の伝統と文化が宿っている!?〜『保守とは横丁の蕎麦屋を守ることである』

          何のために並ぶのか!?〜『列』

          ◆中村文則著『列』 出版社:講談社 発売時期:2023年10月 長くいつまでも動かない列に人々が並んでいる。先が見えず、最後尾も見えない。何のために並んでいるのかも分からない。男もまたその列にいた──。 カフカばりの展開で緊張感たっぷりに読み進んでいく仕儀となるのですが、第二部では雰囲気はガラリと変わり、男の素性が明かされ、猿の研究者としての日々が描かれていきます。それを挟んで、第三部では再び列の描写に戻ります。 自分よりも前に並んでいる者が一人でも列から離れるだけで、す

          何のために並ぶのか!?〜『列』