一人の男の誕生と死〜『朝と夕』
◆ヨン・フォッセ著『朝と夕』(伊達朱実訳)
出版社:国書刊行会
発売時期:2024年8月
ヨン・フォッセは2023年のノーベル文学賞を受賞した作家。本作は二部に分かれていて、一人の男の誕生と死の日を描いています。舞台はノルウェーの漁村。
〈第一部 誕生〉は、息子の誕生を待つオーライの視点で描写されます。独特のリズムと語彙で描き出される生命の誕生の時間。本作のなかでもひときわ印象的な場面を作りだしていると感じられました。生まれた子はオーライの父親と同じヨハネスと名づけられます。
〈第二部 死〉では、連れ合いを亡くし老いたヨハネスの目覚めの描写から始まります。コーヒーを入れ、小さなパンにバターをたっぷり塗り、山羊のチーズを乗せる。手短に食事をすませ、屋根裏部屋にあがると、目に映るすべてが金色に見えるのでした……。
後半、改行もなく視点が変わっていく叙述は最初は面食らいますが、この作品の雰囲気にフィットした書き方だと思います。原文はニーノシュクという古ノルド語に近い言葉だそうで、終止符を使わない不思議な文章はクセになりそうな味わい深いものです。素朴な進み行きながらトリッキーともいえるお話をごく自然な日本語に移しかえた訳者の労に感謝。