哲学なきイベントの迷走〜『大阪・関西万博「失敗」の本質』
◆松本創編著『大阪・関西万博「失敗」の本質』
出版社:筑摩書房
発売時期:2024年8月
2025年に予定されている大阪・関西万国博覧会の問題点を五つの観点──政治、建築、メディア、経済、都市──から批判的に検証しています。執筆者は編者でもある松本創のほか、木下功、森山高至、西岡研介、吉弘憲介。
〈万博と政治〉では、ジャーナリストの木下が維新一強体制によって巨額の公金をつぎ込む事業が検証されないまま進んでいく危うさをえぐり出しています。万博の開催地が夢洲に決定したのはなぜか。議会での議論を細かく検証し、「最も大事な部分の意思決定プロセスが不透明」であることを指摘したうえで、「万博をIR誘致のためのインフラ整備に利用したのではないかという疑念は拭えない」というのは多くの国民の思いにも重なるものでしょう。付け加えれば、防災計画もかなり杜撰なもので、2024年3月の時点で、会場となる夢洲の避難施設が存在しないことも明らかにしています。本当に大丈夫なのでしょうか。
〈万博と建築〉を論じた森山の論考も話が具体的で説得的です。夢洲と同様に埋立地に作られた関西国際空港の地盤沈下の事例を引いて、埋立地に建築物をつくることの困難さを詳細に論じています。結論として開催時期の延期を提案しているのは、なるほど建築家としての現実的な解といえましょうか。
西岡の〈万博とメディア〉をめぐる論考は、前半は万博と電通との関係を歴史的に振り返ります。過去の博覧会はもっぱら電通が仕切ってきました。しかし今回は、東京五輪での談合が発覚して指名停止処分を受けてしまったために、仕切り役が不在になったというのは何とも皮肉な話。電通に代わって力を発揮しようとした吉本興業はその後、社内の事情に加えて松本人志のスキャンダルを契機に万博とははっきり距離をおくようになりました。
〈万博と経済〉について論じた吉弘は、財政・経済政策を専攻する研究者で、さすがに緻密な議論を行っています。「経済波及効果の額の大きさから事業の内容が自動的に正当化されるわけではない」ことを指摘したうえで、主催者側が吹聴している「三兆円規模の経済効果」も実態と乖離したものと結論づけます。万博によってもたらされる「価値」をどれだけ人々が感じとることができるのか。懐疑的にならざるをえません。
松本の〈万博と都市〉論は、博覧会都市として発展してきた大阪の歴史を概観し、これまで博覧会開催に関与してきた人々の仕事を振り返るという興味深い一文です。とくに堺屋太一がEXPO70での成功体験を過度に美化したげく迷走するに至った経緯は教訓に富んでいます。ちなみに大阪でカジノ構想を公言した知事は、維新以前の太田房江であったことにも触れていて、その点はフェアな記述になっていると思います。
……というわけで、五つの論稿はいずれも粒揃いで、万博問題を考えるうえで私の知る限り現時点では最良の本といっていいでしょう。
最後に、西岡の論稿に登場しているイベントプロデューサーの言葉が何よりも今回の万博の「本質」を言い当てていると思われるので引用しておきます。
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