ボタニカル哲学(後集101)最高の幸せ
田舎の素朴な農夫は、親しんできたかしわの肉や濁り酒の話で嬉々とした喜ぶが、貴人の食卓について尋ねても知らない。また、粗末な冬着や仕事着の話しをするとユッタリとして話に乗るが、高官の礼服の話を尋ねても知らない。素朴な農夫は天性自然体で完成されていているが故に、欲望も少なく、其の状態そのままで人生の最高の境地にあるといえる。
つまり、人間本来は、汚れを知らず、それだけで人生の最高の境地にあると言えるが、世情の塵芥に汚れれば、欲望は限りなく大きくなり、決して満足することが無いので、死ぬまで不幸が続くが、欲望の海である都会の塵埃に染まらないで済んだ人は、自然体が則、悟りの境地であり、安心して不満が無い人生最高の境地にあると言える。
言換えれば、達人としては大安心の源泉である本来の心を厭い、汚れないよう自然体で生きつつ、現役時代の心の汚れをゆっくり着実に落として行くのが、人生の仕上げだと考えておくと良いでしょう。
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