【特集】文学のなかのクズ男たち
こんにちは。
「noteの本屋さん」を目指しているおすすめの本を紹介しまくる人です。
突然ですが……あなたの周りにも、いませんか?
自己中で、モラハラ、DV……挙げ句の果てには、女性にお金をたかる、どうしようもない「クズ男」!
私の周りにもたくさんいます。
小説に出てくるギャツビーやレット・バトラー、モンテ・クリスト伯のような良い男なんて、所詮は物語。ファンタジーなのです。
あれ? でも、ちょっと待ってください。
よく考えてみたら、文学作品に出てくる男たちって、クズばかりですよね?
『舞姫』の豊太郎はエリスを捨ててしまいます。
『こころ』の先生はKの恋人を寝取ってしまいます。
『ヴィヨンの妻』の売れない小説家なんて、酒と女に溺れて妻を苦しめてばっかりです。
日本文学の男……クズ多過ぎ問題!
ただし、この記事でピックアップするのは、鷗外や漱石や太宰なんて可愛いくらいの、正真正銘のクズ男です。
今回は、そんな「文学の中のクズ男」たちにスポットを当てて、クズ男がこれでもかと登場する文学作品を特集し、堪能してみたいと思います!
貫太(西村賢太『どうで死ぬ身の一踊り』)
蜜月の同棲生活が、ささいな言い争いをきっかけに、次第に大きな衝突へと発展していきます。本作では、その口論が深刻な事態にまで至り、恋人の肋骨を折るほどのDVを振るう等、ひどい場面が描かれています。それでもなお、主人公は敬愛してやまない作家「藤澤清造」の式典を最優先に考え、警察沙汰になることを避けようとします。恋人の負傷についても「骨のヒビは自然に治るぞ」「ロキソニンを飲めば大丈夫だ」と、自分本位な考えを貫く姿が、率直に描かれています。一言で表すと「文学的意識高い系DVクズ男」です。
『暗渠の宿』でも、主人公が女性にラーメンを作らせ、その火加減に不満を抱く場面が描かれています。この火加減を巡って二人の間で口論が起こり、やはり凄惨なDVを振るいます。作品全体を通じて、登場人物の内面的な葛藤や関係の不安定さが表現されています。この主人公もやはりクズです。
しかしながら、西村賢太の洗練された文体で、凄惨なDVと甘美なハネムーン期のサイクルが交互に描写されており、DV教本(反面教師)としても楽しめる文学に仕上がっています。
高槻(村上春樹「ドライブマイカー」『女のいない男たち』)
主人公に憧憬と嫉妬を抱く二枚目俳優の高槻は、かつては人気俳優として脚光を浴びていましたが、未成年との関係が発覚し、業界から干されることになります。この過去のスキャンダルを抱えつつも、彼は劇作家である主人公の妻と不倫関係に陥り、主人公との関係にも暗い影を落とします。特に印象的な場面として、主人公と妻が肉体的に親密な時間を過ごしていた際に、紡いでいた物語の続きを高槻が平然と語り出すシーンがあり、主人公を驚愕させます。衝動的で暴力的な性質を持ち、時には手を挙げることも厭わない危険な一面を見せ、さらには殺人にまで至ります。高槻の人物像は、作品全体にわたって緊張感と不安感を与え、物語の緊迫感と文学性を一層高めています。一言で表すと「才能あふれるクズ男優」です。映画版では岡田将生が演じています。
増尾圭吾(吉田修一『悪人』)
裕福な家庭に育ち、湯布院の旅館を継ぐ予定の遊び人で、西南学院大学に通う学生。自身に好意を寄せる保険外交員の石橋佳乃を邪険に扱いつつも、ご自慢のアウディA8(映画版ではQ5)を乗せる場面が描かれています。しかし、鉄鍋餃子を食べていた佳乃の口臭に怒りを募らせ、彼女を車から降ろして蹴り飛ばし、山中の峠に置き去りにしてしまいます。事件後、彼はしばらくの間逃げ回るものの、後に自分が犯人ではないと判明すると、友人を集めてまるで武勇伝を語るかのようにその出来事を話し始めます。また、被害者である佳乃の父親がこの件に対して抗議すると、彼を暴力で抑え込もうとする冷酷さも見せます。映画では描かれていませんが、母親に強く依存するマザコンの一面もあり、彼の複雑な性格や行動が作品全体に緊張感をもたらしています。一言で表すと「マザコン外道クズ男」です。映画版では『ドライブ・マイ・カー』と同じく、岡田将生が演じています。
田中マモル(角田光代『愛がなんだ』)
27歳の出版社勤務の男性。彼は、主人公が自分に対して強い好意を抱いていることを知りながら、その気持ちを利用します。例えば、金銭を振り込ませたり、家事を手伝わせるなど、彼女の献身を当然のように受け入れます。さらに、本命の相手へのプレゼントを主人公に買いに行かせる場面は、彼の自己中心的で無責任な性格を強く印象づけます。主人公に対して感謝の言葉や思いやりを見せることもなく、自分の利益のために彼女を利用し続ける田中の姿は、作品の中でも際立った「クズ」なキャラクターとして描かれています。角田光代はダメ男を書く天才で、後に書かれる『くまちゃん』のモチダヒデユキや、『紙の月』の平林光太なども結構クズなのですが、前者には得体の知れない愛嬌が、後者には同情すべき点が見られます。
しかし、田中はクズそのもの。どこにでも居そうな「リアルなクズ男」です。映画版では成田凌が演じています。
安永透(三島由紀夫『天人五衰』)
自意識過剰な田舎育ちの美青年。『浜松中納言物語』を下敷きにした『春の雪』から続く『豊饒の海』四部作の最終章。松枝清顕の転生した存在であるものの、「もどきの亜種」とまで言われるほどの自己中心的な振る舞いを見せます。彼はサディストの一面を持ち、特に女性を苦しめることに快楽を見出しています。その性格は、彼を拾ってくれた恩人である本多繁邦にさえ向けられ、彼をまるで虫けらのように扱います。さらには、屋敷の女中を追い出し、自分の好みに合ったメイドたちを大量に集めて侍らせ、さらに本多を脅迫するという卑劣な行動に出ます。このような安永の振る舞いが、物語全体に大きな影響を及ぼし、最終的には物語の破綻を決定づける要因となってしまいます。三島らしい端正な文章で描かれている「美しいクズ」です。
水島真、黒崎俊一(沼田まほかる『彼女がその名を知らない鳥たち』)
二人のクズ男が登場します。水島真はデパートに勤めるイケメン店員で、ヒロインに対して都合良く振る舞う浮薄な性格の持ち主です。顧客に手を出し、ラブホテルでチベットについての知識を披露しますが、その内容は全て本からの受け売りに過ぎず、その情けなさが際立ちます。また、彼は多くの浮気相手を抱え、ヒロインへのお詫びの品として贈った時計が2980円という低価格であることからも、彼の自己中心的な態度が浮き彫りになっています。さらには高架下でヒロインに対して口での処理を強要するなど、その行動は「浮ついたクズ男」そのものです。
もう一人の登場人物、黒崎俊一は、失踪中のイケメン元彼で、自身の出世のためにヒロインに上司の相手をさせる冷酷な男です。彼は、上司の娘と政略結婚を果たし、ヒロインを問い詰めると暴力を振るい、彼女を殴り倒します。一言で表すと「野心家のDVクズ男」です。
物語のクライマックスでは、水島がヒロインに包丁で刺され、実は黒崎も同じく彼女によって刺殺されていたという衝撃的な展開が待ち受けています。このように「二人の性質の違うクズ男」が共存する珍しい設定が、本作における緊張感とエンターテインメント性を生み出しています。映画版では水島を松坂桃李が、黒崎を竹野内豊が演じています。
吉行淳之介「ほぼ全ての作品」
言わずと知れた文壇の好色一代男。その作風やテーマには性的な要素が多く見られます。彼の作品には、今日的な視点では女性に対する男性優位の態度が多く見られ、批判的な視点も少なくありません。実生活においても、吉行は女学生との不適切な関係が原因で教師職を解雇されるという事件を起こしましたが、そうした過去を反省する姿勢はあまり見られません。例えば、クイアの問題に切り込んだことで評価の高い短編「寝台の船」にさえ、教師時代の「モテモテエピソード」を挿入するなど、自己を正当化するような描写が散見されます。特に『砂の上の植物群』は、女性との関係を描く上で最も物議を醸したもので、その内容に対する評価も厳しいものがあります。また、『驟雨』や『原色の街』でも、赤線地帯や風俗にまつわる知識を冗長に披瀝する場面が見られ、赤線蘊蓄が長すぎてテーマを損なうように感じられることもあります。これらの要素は吉行作品の特徴であり、彼の文学的スタイルが独自のものとして評価される一方で、読者の間には賛否が分かれる部分でもあります。
おわりに
いかがだったでしょうか? こうして振り返ってみると、文学の中には一見輝かしく見える男性キャラクターの裏に、驚くほどの「クズ」が潜んでいることがわかります。彼らの行動や価値観は、現代の私たちからすれば到底理解しがたい部分も多いですが、それが時代背景や物語の展開に深く影響を与える要素であり、文学作品の中で際立つ存在として描かれ続けてきました。
これらのクズ男たちは、単なる悪役としてだけでなく、時には読者の感情を揺さぶり、物語に深みを与えるキャラクターでもあります。彼らの行動を反面教師として、自分自身の人生や周囲の人間関係を見直すきっかけになるかもしれません。
もしもクズ男たちの物語に興味を持った方は、ぜひこれらの小説や映画をご覧になってみてください。きっと、その「クズっぷり」に圧倒されながらも、物語の深みに引き込まれることでしょう。
【編集後記】
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