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好きな小説

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お気に入りの小説コレクション 複数話あるものは、そのうちひとつを収録させて頂いております
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#掌編小説

掌篇小説『喜助』

掌篇小説『喜助』

かつては駕籠。

時はすすみ人力車。

そしてクルマ。

と、私の一族を数百年、形は変れど、迎えつづける男が独り、いる。

「一族」「貴い家柄」……なんて、笑止千万。昔の話。
乱れ崩れうらぶれた果て、唯独りのこった末裔は、クラブホステスの私。

それでも、迎えはくる。
前当主の父が変死したその日、喜助は私のもとに現れた。
父とは疎遠ゆえ、他人より「○○家当主には迎えの従者が今もいる」と伝説か冗談の

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短篇小説|ギはギルティのギ

短篇小説|ギはギルティのギ

 ギルがゆるやかにハンドルを切ると、目の前に青い海が広がった。ネモフィラの花畑を思い出す色彩。セリは息を呑み、わずかな時間、苦悩を忘れた。
「ほんとうに、私の頼みもきいてくれるの」
「もちろん」
 約束だからねと、彼は前方を見たまま答えた。車内にはミントの香りが漂っている。
「どこへ行くの。そろそろ教えてくれてもいいんじゃない?」
「もうすぐ着くよ。それに」
「私は知る必要がない、でしょ」
 セリ

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片方だけの靴下の王国

片方だけの靴下の王国

どうやってそこに辿り着いたのかわからない。
目の前には小顔で大きな金色の瞳を輝かせた王様がいた。
神々しいというか眩しいというか、まさに王様だ。
その王様が曰うた。

「キミが探している靴下はどれだ?」

王様の言葉にドキリとした。
ここに来る前、僕はクローゼットの前で座り込んでいた。
なぜか靴下が片方だけいなくなる。
シャワーの前に脱衣所で脱いで、そのまま洗濯機に入れているはずなのに気がつくと靴

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掌編 ライカ

掌編 ライカ

 中学に入るまで、父の仕事でわたしは日本各地を転々とした。同じ日本語なのに少しずつ違う言葉、違うブーム(引越し前の小学校ではポケモンがものすごく流行っていたのに、翌週次の場所に行くとカービィが流行っていたりした)、そして総入れ替えされるクラスメイト。わたしは、おそらくまたそう遠くないうちに別れることになるだろう子供たちの顔を、一瞬で覚えて未練なく忘れるという特技を身に付けた。顔は覚えても、一定の距

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猫をなくした男と、女

猫をなくした男と、女

今日あいつに似たやつを見かけた。
あっちもおれに興味があったみたいだ。

そう、男が女に話すのは、もう、何度目か。

男は猫をなくしている。
女には、なついてくれた、はじめての猫だった。

 一

女は友人に誘われて、男の実家にある男の部屋を訪れた。
三方に窓が開き、日なたと、趣味のこまごまとにあふれていた。
にゃあと男の飼い猫がやってきて、客人たちの足元を、くるり、くるりと一周ずつした。
終える

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【短編小説】涙くんと涙ちゃん

【短編小説】涙くんと涙ちゃん

「見ててな」

藤野は上目で俺を見ながら、人差し指で自分の目頭を差した。そこから、ツー、と涙が溢れ出す。鼻筋を通って、口元まで垂れてきたところで、涙を手で拭う。

俺は、急に泣き出した友人をまじまじと見る。

「まあ、びっくりするよね。これが俺の特技というか、特殊能力」

藤野はテーブルの紙ナプキンで涙を拭き取っている。

「自在に涙を流せる・・ってこと?」

藤野は頷く。

テレビで見るような、

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Vanillaトレイル

Vanillaトレイル

 楓のくるぶしは、ちいさく尖っている。
 靴下からはみ出たそれはわたしをふやけさせるには充分で、きっとこの笑顔ははしたなく溶けているにちがいない。
 プレゼントしたばかりのスニーカーに楓の足がおさまる。ネイビー✕白の巻き上げソールが、昨夜の名残りを健康的な彩りで上書きするのを見て、うれしいようなさみしいような気持ちになる。
 行かなければいいのにと思いながら、楓の首に鼻をうずめる。ほんのり温まった

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