彩りと心のしわあわせ【第1話】はじまりのとき
《あらすじ》
「誰でも、輝きを持っているはずなんだ。その原石を、一人ひとりが見つけられていないだけ。まかせたよ。」
わたしがまだ小さい時から、おばあちゃんは、こう話していた。
もしかしたら、おばあちゃんと言葉を交わしたこの日から、この挑戦は、すでに始まっていたのかもしれない。
【第1話】はじまりのとき
ある日、不思議な夢を見た。
あたたかい光が差し込む部屋に、わたしはいた。
目の前には、今よりもだいぶ若めだけど、一目でおばあちゃんだとわかる人がいる。
小さい子を諭すように、こう話しかけられた。
「おばあちゃんはね、この場所で、みんなを元気にする仕事をしているんだ。
それぞれに似合うステキなカラーを持ってるし、一人ひとり輝く原石をもっている。その彩りを輝かせるのと、みんなの心を豊かにしたいんだよ。」
重ね合うおばあちゃんの手はとってもあたたかくて、その部屋の空気もとても穏やかで、いつまでもそこにいたいと願うほどだった。
遠くで、サイレンのような音が鳴り始めた。
次第に音が近づいてくる。
けたたましい音が耳の近くで鳴っているのに気付き、目を覚ました。
鳴っていたのは、現実世界のわたしに、起床時間を知らせるアラームだった。
確認すると、何度目かのアラーム音だったことがわかる。
「急いで準備しなきゃ!」
恩師である谷口教授との約束の時間には、なんとか間に合いそうだ。
「今日も、間に合うように起こしてくれて、ありがと。」
四つ葉のクローバーのしおりは、何にも代え難い困った時のお守りだ。
今日は、はるくんの22回目の命日である。
この日は、谷口教授と墓参りに行くことにしていて、今年も、例外なく休暇を取っていた。
大切な思い出、戻すことのできない幼い時期の日常を想起してから早10年。
わたしの初恋の人はるくんは、あたたかさと優しさを振りまいて、幼いうちに一生を終えてしまった。
生まれたときから病気で、長く生きられないということは、わかっていたらしい。
そんなことは知らずに会っていたし、親も知っていたかわからない。
5歳頃まで、一緒に公園で遊んでいた。
四つ葉のクローバー探しをすることが、ふたりにとって定番だった。
習い事を始めた頃から、公園で遊ぶ機会はなくなった。
タイミングは、狙ったのかたまたまか。
記録を見返すと、ちょうどこの頃、はるくんは教授が関わっていたクライエントだったようだ。
再会したのは、それから干支が一周した20歳のこと。
カウンセラーを目指して、大学に入学し、ゼミ室で教授の研究資料を見ていた時だった。
見覚えのある雰囲気の子。
7歳の頃まで関わっていた記録はある。
その後、別の病院に転院して亡くなった。8歳だったらしい。
頭の中も、目の前の視界も、真っ白になった。
はるくんを思い出してから、結局黙っていることができなかった。翌日、教授に、ことのすべてを打ち明けた。
その時の谷口教授は、特に驚くような反応をするわけではなく、でもわたしの気持ちを受け止めてくれた。
教授の様子を見て、わたしも、揺さぶられすぎないように、至って冷静に過ごそうと心がけていた。
わたしが生きる道を模索し続けた。
見つかったようで、見つからない。
それでも、時間は過ぎていくばかりだった。
大学院の修士課程を終え、就職先が決まった後、教授から呼び出され、1つの封筒を渡された。
教授から促されて開けてみると、さらに2つの封筒が入っていた。
それぞれ開封してみると、1つは子どもの文字で、もう1つは、大人の文字。
文字が見えたその瞬間、これが何を意味しているかを察した。
「先生。これって…」
教授は、深くうなずき、わたしの目を見て、こう話した。
『あなたの想像通り。これは、はるくんと親御さんの残した手紙だよ。あなたが打ち明けてくれたあの日は言えなかったけれど、はるくんも、ご両親も、ずっと女の子を探していた。ご両親から、「はるきは、ずっと渡したがっていた。先生に預かっていてほしい」と頼まれて。本当は預かることはできないのだけれど、熱意に負けてね。ずっと金庫に入れていた。こんなに心のこもったもの、捨てるなんてできなかったから。私も中に何が書かれているか分からないんだ。確認してくれないかな?きっと、この手紙は、あなた宛のものだから。』
この手紙を開封したら、現実として、より揺るぎないものになる。
涙が出そうになりながらも、勇気を出して、開封した。
はるくんは、もしかすると、最後の力を振り絞って書いてくれたのかもしれない。
文字は相当震えていたが、何と書いてあるかは読み取れた。
「ここちゃん 元気でね。」
自分が苦しいのに、どこまでやさしくてあたたかい子だったんだろう。
そして、お母さんが書いたと思われる手紙には、息子の生きる希望になってくれてありがとう、という謝意と、命日だという日付が記されていた。
「毎年命日の10時にはお墓参りに行っているから、もし叶うのならば、来てほしい。」
とも書かれていた。
わたしは、教授に手紙を見せた。
『あなたは、よくよくわかっていると思うけれど、本来私は、こういうのを渡すタイプでもない。仕事とプライベートは分けるタイプだから、情で動かないようにもしている。今日渡すまでに、とても悩んだ。あの日渡すこともできたけれど、今じゃないと思った。私は、あなたの未来を守りたいと思った。渡さないという選択肢も、もちろんあったけれど、この手紙の書かれている内容の判断をわたしがするのではなく、あなたに委ねてみようと思った。あなただから、こう判断した。でも、この手紙を渡した責任は、私にある。もし、行くという判断をするのであれば、私も一緒に行く。』
しばし悩んだ。
「先生、行きます。」
谷口教授とは、そこからずっと、毎年墓参りに行っている。
―5月25日。
わたしが、幼い頃の自分に思いを馳せ、今一度生きるということに意味を見出す日。
24歳の頃から欠かさずに行っていて、今回で6回目になる。
教授と一緒に歩く道のりにも、慣れてきた。
毎回、ご両親が出迎えてくれる。
教授とともに、はるくんが眠っているお墓に手を合わせ、心のなかで話しかける。
その内容は、誰にも打ち明けていない。2人だけのものにしたい気分だった。
「今年も、ありがとうございました。はるきもとっても喜んでいると思います。」
「いえ。こちらこそ、今年も拝ませていただいて、ありがとうございました。それでは、失礼いたします。」
ご両親と別れた後、教授と必ず寄るのが、隣町にある昔ながらの喫茶店。
ここで、ナポリタンとコーヒーをいただいてから帰るのが、ここ数年の定番となっている。
「最近、仕事はどう?」
と、食後のコーヒーを飲みながら、教授が尋ねてきた。
「いろいろありますが、一番困っていることは、自分が自分に迷っていることですかね…。」
「そうか。あの場所には、いろんな方がいらっしゃるだろうから、自分との向き合いも大切になるよね…。自分のケアも忘れないようにしなさいよ。」
「はい、ありがとうございます。」
自分へのケア、か。
そうだよなあ…。
たぶん、教授には、見透かされているのだろうが、あえて濁してくれたのだろう。
自分の優先度が低い分、いろいろとやれることも多くあるのだが、それが仇となっている気がしていた。
昔からなのかもしれないが、自分のケアの仕方がわからない。
教授と別れ、本屋に立ち寄った。色味が好みな本を手に取り、購入した。
こういう時は、直感が、自分の求める方へ導いてくれると信じている。
帰宅後、飲み物を準備して、すぐにソファに座り込み、買ってきた本を読み始めた。
そこには、いかに自分を大切にするか、ということが書かれていた。
知識として知っていること、わかっていることと、実際にできるかということは、大きく異なる。
ただ、この本に惹かれ、手に取り、購入してきたこの事実が意味していることは。
「自分をケアできてないよ、って、心の奥ではちゃんとわかっているんだなあ…」
落ち込みながらも、夕食の準備を始める。
近所の直売所で買ってきた新鮮な野菜を蒸して、お気に入りのドレッシングをかけて食べることにした。
第2話へつづく