【不登校インタビュー】 「学校には行かない!」宣言まで2年越し(小3男子)
こんにちは。不登校サークル岩手南 PLAY!(プレイ!) です。岩手の不登校情報って、とっても少ない!そんな現実から当事者ならではの目線で取材してはnoteにあれこれ綴ったり、LINEで情報提供しています。
不登校のキャリアデザイン
不登校になると、いきなりメインストリームの「公教育」を離れ、親も子も、独自のキャリアデザインをせざるを得ない。
当サークルでは様々な悩みを抱える不登校親子へ向けて「当事者・支援者インタビュー」を行なっています。
当事者は苦しんで病んだり、泣いたり、開き直ったり。しかし不登校の子や親の心と行動の変化はたいへん貴重な「子育ての記録」。千差万別な事情はあれど、その当事者の試行錯誤はきっと誰かの役に立つ。子どもの未来の選択肢の一つとして、また地域社会や教育のあり方の参考になればと思います。
インタビューは当事者のお子さんや保護者の方の協力を得て、取材・情報公開をしていきます。インタビューの回答は、箇条書きでも、絵でも漫画でも、ダンスでも、音声でも動画でも、なんでもOKとしています。
今日は小3のAくんのお母さんのインタビューです。
当事者インタビュー :
ものづくりと遊びが大好きな小3男子 Aくん
小さなバッグにスケッチブックと鉛筆を持ち歩くほど、絵を描くのが好きなAくん。岩手に帰省された際にお母さんにインタビューしました。
●プロフィール
・母親が岩手県出身、現在、宮城県仙台市在住
・小3(8歳)男子
・現在仙台市内のフリースクールに週2回、通い中
・岩手のフリースクールなども見学、体験中。今後、子育てのしやすさや、息子にあった学びの選択肢、フリースクールがあれば、宮城県・仙台から岩手への移住も検討している。
発泡スチロールを土台にしてアクリル絵の具で塗ったりボンドでくっつくけたりして、Aくんの大好きなゴジラの世界をジオラマに表現した。気の向くままにイメージを膨らませて何か作ったり、ただカッターで木を削ったり、紙粘土や段ボールで何やら作ったりしている。
●子どもの特徴
・ゲームもするが、ゲームより絵を描いたり、ものづくりが好き。
・誰とでも仲良くなれるが大人数の場所は色々周囲が気になり苦手。
・遊びに夢中になるといつまでも遊んでいる。
・繊細さんHSP的な傾向がある(未検査)
●いつから不登校に?
・全校生徒600人以上、同学年に100人前後のマンモス小学校に入学。
・小学校1年生の6月から教室には行かず、別室登校。
・2年生の1学期から本格的な不登校スタート。
・3年生は1日だけ登校。
●どんな感じで学校に行けなくなった?
・繊細さんなのでいろいろまわりを気にしたりすることがあった。
・保育園、幼稚園時から、行きたくない、やりたくない、あれはヤダ。などの傾向があった。
・特に1〜2年の時は繊細さん気質が目立った。
・学校での友達関係の悪化?も感じられた。少しやんちゃな乱暴な子と仲良くなった。そこからその乱暴な子がちょっと嫌になってしまったのがきっかけか?
・授業では先生の指示について行けない。みんなと同じようにしようと思っても出来ないなど、焦り、戸惑い、ストレスをかなり本人は感じていた。
●親の不登校対応
・「学校に慣れてほしい」、と母は頑張った。行きしぶり時期に別室だけでも毎日行って、学校に行くことに慣れさせようと頑張った。
小1の夏から別室登校に
●学校内の別室に登校
仙台市内には「別室クラス(サポートルーム)」 的なものが2箇所、2つの小学校内にある。別室クラスにも専任担任の先生がいて、クラスに馴染めない、教室で学びにくい子が自由に来れる教室。勉強はする子もいればしない子もいる。強制はせず自由。
・「別室クラス」への別室登校・母子登校をするようになった。(通学距離が2km以上あったので、行きしぶりの際は親が付いていき、1人では行けなかった。)
息子が別室に通っていた時は別室クラスは常時10人前後いた。2023年から、安易に利用できるスタイルはやめるなど、おそらく方針を変えた様子。そもそも一昨年まではコロナ渦に不安定な子が増えたせいもあって、別室クラスの利用を始めた子が多かったみたいだが、その子達が卒業して去年からは常時利用している子はほぼおらず、「まだら利用」をしている子がおそらく10人いるかいないか。他校からも認められれば登校できるけど、来ている子はいない。
・別室登校は、異年齢の6年生の子とも仲良くなり、通うモチベーションの一つとなっていた。
・行く前は行きしぶりもあったが、行くと意外と楽しそうだった。
子の不登校をきっかけに仕事を辞めることになった母
●親の就業などの変化
・母は仕事をしていたが、辞めざるを得なかった。収入面でも困ることがあった。子どもが不登校になり、今も仕事復帰は出来ていない。
別室登校から完全不登校に
・仲の良い6年生の子が卒業し、「別室クラス(サポートルーム)」 にも行かなくなった。だんだんと楽しくなかったのではないか。
・1年生の後半は「別室クラス」にも行かなくなってきた。
・学校や別室登校も無理になってきた子ども本人とは裏腹に、先生側は「2年生進級に向けて、あれこれできるように指導しなければ」という対応や意向だった。そこで先生と母の気持ちのズレも感じ辛く、人前で母が涙することもあった。
・いよいよ別室登校がダメになってきたころ、親も、「そろそろ学校に行かせなくていい」と思うようになった。ようやく母も「学校の外」に目を向けるようになり、そこからフリースクール探しが始まった。
●フリースクール探しについて
全く探し方がわからず困った。仙台で映画「夢みる小学校」の上映会があり、そこでフリースクールなどの情報が一気に得られるとのことで、そこでフリースクールなどがたくさんあることを知った。とても助かった。
●現在、どうしてる?いくところある?(フリースクールなど)
・大きな都市である仙台市にも関わらず選択肢は少ない。
・親の送り迎えが必要で物理的に通えないところも多い。送迎で行ける範囲内で2箇所あり、見学、お試し体験などをした。
・勤めている親なら、行きしぶりがあっても無理やり学校に行かせたりするしかないのでは?と思う。
・最初に見学したのはビル、マンションの一室で人数が多いフリースクールだったので、大人数が苦手な息子にはあわなかった。
・行く場所がなかった当時、不登校に限らず受け入れ可能な民間会社の運営する有料保育サポートの居場所に通った。また仙台のプレーパークにもかなり救われた。
仙台のプレーパークに救われる
・仙台市には行政の仙台市遊び場展開事業として、子どもの自由な遊び場「プレーパーク(あそびば仙台 https://play-sendai.com/ )」というものがあり、かなり不登校児もお世話になっている。
行政の旗振りで、NPO が運営。幼児から小学生程度のお子さんを対象とし、子どもの遊びの発想をサポートするプレーリーダーがいて一緒に遊んでくれる。中でも子どもに関わることを学ぶ東北福祉大学の学生などがプレーリーダーになっていたりと、地域の若者も巻き込んだ事業となっている。様々な地域にプレーパークがあり、主婦が立ち上げたりしているところもある。
フリースクールを見つけた!
・仙台の中心地にあるNPOが運営するフリースクールを見つけて、2024年9月現在は週2回、(1回3時間)行っている。
・週2回のフリースクール出席は、公立学校の出席扱いになっている。
・フリースクールの運営は現金・物資の寄付、ボランティアで成り立っているので通う子の費用はなんと無料。
・利用者人数は多くても毎日4人程度しかいない。
・フリースクール運営者は国家資格を持つ心理士さん。自分の子どもが不登校だったことからスクールを立ち上げた。何も親が話さなくても、子どもの特性や心理を見抜いてくれるから助かる。
・大学生ボランティアが一緒に遊んでくれる。
・息子には相性があったが、そこでも行きしぶりする子もいるので、合う合わない子がいる。
●フリースクールにのぞむこと
・週に2回しかやっていないので、毎日やってほしい。もっと時間が増えてほしい。
・ボランティアスタッフが多い時は外活動ができるが、室内活動が多いので、もっと身体を動かしたいと思うが、無料で通わせてもらっているので言えないが、、、。
●周りに不登校いる?
同じ公立学校にも不登校はいる。家で過ごしている不登校児もいるようだ。
●まわりや身内の不登校への理解ある?
・「何を不登校させてるの」とか、「学校に行かせなさい」と言ってくる人は周りにはいない。
・不登校は家族にとって未知の世界。小さい子が家にずっといること、引きこもりになるのでは?と恐れて、当初は夫も「学校は行かせたほうがいい」という考えだったが、フリースクールなど行くところが確保できたので理解が得られた。
●本人や親が苦労したことは?
・毎朝、毎日、行くところがなくて困る。
・学校行きしぶり時期、息子は前の日から泣いたりしていた。子どもは行きたくないのに、親は学校に行かせようとして親子で苦しんだ。親は学校に慣れさせたいという信念で連れて行こうとするからしんどかった。
・「不登校親の会」などはどの地域にもよくあるが、それぞれの置かれている状況が違いすぎて、共感しあえることがあまりない場合がある。
●サポートしてくれた人は誰?
・スクールカウンセラーさん
・身内(姉)
・他の同じ行きしぶりの子の親との対話
・オンラインなどでサポートを受けたこともある。
不登校になりたての頃は、LINEで不登校相談も受けた。(アメブロ経由)
・フリースクールの先生
今、子どもが一番楽しいこと、
ワクワクしていることは?
●いま、子どもが一番楽しいこと、ワクワクしていることは?
友達と遊ぶこと。
同じ校区の子と学校外で遊ぶこと。
フリースクールの外で、スクールのクラスメイトと遊ぶこと。
●不登校になって残念だったこと
・公立学校の恩恵を受けられないこと。
本人が学校に行けなくて苦しんでいる時は公立学校のいいところが親も見えなかったが、学校を離れると、あらためて子どもの発育にとって、公教育、学校生活のメリットがあると考えることがある。そもそも、無料で様々なものが使えたり、体験プログラムも用意されている。学校って大きな施設だから、街の中を歩いているような感覚で、素晴らしい体験がたくさんできる。異年齢の交流もある。など、もっと本当は活用したい、公立学校っていいなと思うこともよくある。
不登校になってよかったこと、伸びた才能は?
●不登校になってよかったこと
息子は学校が苦痛だったので、不登校になり、フリースクールを選んでから今は苦痛のない、当たり前の生活ができている。本人の気持ちがとても落ち着いて、本来の息子らしく生きられていると思う。
●不登校で伸びた才能
・物怖じしないで誰とでも仲良くなれる才能。あったその日に仲良く遊べる。これは情報過多になりがちな、学校や学童では見られなかった部分。少人数の環境でこそ伸びる才能なのではと母は見ている。
・学校に行かなくなってから時間的余裕ができ、延々と好きなことをやり続けたことで工作、造形、ものづくり、手先を使うことなど、爆発的にクリエイティブな要素が発達した。
●不登校になって進化成長したことある?
親子ともに、進化成長もあった。
●不登校親にオススメの本やyoutubeある?
不登校になってから、母が読んだ本。
●ゲーム、youtube制限してる?
見過ぎたりはするが、デメリットも承知で時間制限をしていない。
●習い事どうしてる?
していない。
●近所の子供達との関係や、子供会などどうしてる?
近所の子供達と学校以外で遊んでいる。
子供会は地域にない。
●通院、治療をしている?投薬している?
なし。
●発達検査した?
なし。学校にもすすめられていない。
●療育手帳、障害者手帳など持ってる?
なし。
●公的支援うけてる?
なし。
●望む行政の不登校支援は?
・金銭的支援
・公的なフリースクールはあまり期待していない。
●望む民間の不登校支援は?
民間のフリースクールが地域に増えて、内容の充実が図られること。
きらいになってしまった勉強・・・学校トラウマ、学習トラウマ
●将来の子どもの不安はある?
不登校になり、いわゆる、基礎学力「読み書き算盤」ができてほしいが、やれていない。将来不安がある。3年生だけども、ひらがなからやり直す必要があるような状態。学びが嫌になってしまった。やらせるのではなく、本人のやる気がいつ出るのか。
学校トラウマ、学習トラウマのようなものがある。学校や保育園で長期にわたり受けてきた比較・評価される、間違いを訂正される、失敗できない、恥をかく、注意される、などの経験が積み重なり、「学び」に全くチャレンジしなくなった。言われたことをちゃんとやろうという真面目さがあったからこそ、そこに息子はつまづいているようだ。そのトラウマの解消からやらなければならないのか?不登校児の基礎学力習得ノウハウが知りたい。
●いま、一番辛いこと、困っていることは?
子どもの運動不足
●学校教育について思うことある?
・個別支援の不足、先生が少なすぎる
・一斉にいろいろやらせることに無理があると思う
今、不登校児の母が思うこと
小学校入学前から息子には特性があったが、何も考えずに小学校に入学。入学して2ヶ月で小学校に行けなくなった。親がもっと子どもの特性に気づいて、小学校入学までにいろんな準備や、学校・先生・地域との連携をしていたら、また違っていたのではと思う。後で知ったが小規模な公立学校や、子どものペースにあった学校選びなど選択肢はあった。
いかに学校という場所で、子どもがたくさんの「情報処理」をしているかに気づいた。中には息子以外にも学校が苦しそうな子もいる。年齢が上がると、いろんなことができるようになるが小学校1年、2年生では特に顕著で、そういうものに押しつぶされる子もいる。小学校3年生ともなると慣れてきて、学校に行ってもそんなに一生懸命に指示を聞かなくてもいい、気楽に過ごそう、などと処世術を身につける子もいる。(それはいいことなのかどうかという声もある。)
公立学校は誰でも行っていいところ。昔は学校に行くしかなかったが、令和の時代「不登校でもいいよ」という風潮がある。良い風潮と感じる反面、「来れないんですね、それでもいいですよ。」という、少し手放すような学校側の対応に、今後そのはざまで社会からあぶれる子どもたちも増えるのではないかとの懸念もある。
「僕は学校には行かない!!」と母に言えるまで
現在小3の息子。本当の気持ちをずっと長い間、親にも言えなかったのではないか。
息子が「(親に何を言われようと毅然として)学校には行かない!!」と、はっきりと私に宣言してくるまで2年以上もかかった。
「学校に行けてないこと=ダメなこと」というのを、親も先生も、社会も子どもに植え付けてしまったのかなと、申し訳ない気持ち。
学校に行ってない自分を息子はどう見ているのか。フリースクールに行っている自分にはOKをだせているよう。ただ、学校というキーワードについては、「学校という“響き”が嫌だ!聞きたくないし、言いたくもない。」とのこと。今後も心の変化をじっくりとみてゆく。
今とこれから先のこと
今のフリースクール (居場所)はとてもあたたかいところで、出会えてよかった場所。心を休めてリラックスして過ごせている。感謝しかない。「心身のおやすみどころ」としての機能は十分に果たしていただいた。しかし高学年になったら、今後どうなるのか心配もある。フリースクールには「おやすみどころ」としての機能だけでなく、もう一歩踏み込んで子どものキャリア形成や、もっと先々のことをサポートしてくれるような対応を望んでいる。(キャリアセンターを兼ねたようなフリースクールもある。)
数年かかったが、息子は公立学校を離れフリースクールを選んだ。それからは苦痛のない、当たり前の生活ができている。本人の気持ちがとても落ち着いて、誰とでも仲良くしたり、好きなだけものづくりに取り組んだりと、本来の息子らしく生きられていると思う。
(2024年9月18日 取材)
最後までお読みいただきありがとうございました。
不登校サークル岩手南 PLAY!(プレイ!)
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