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【noteコンテスト】#はたらいて笑顔になれた瞬間

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2022年3月18日~4月17日まで開催の投稿コンテスト「#はたらいて笑顔になれた瞬間」についての投稿をご紹介するマガジンです。お手本クリエイターの方の記事などもご紹介していきま…
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2022年3月の記事一覧

それでも街に、企画書を。

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彼女のおなかの虫に感謝した日。

仕事終わりに入った店のカレーは、 いつもよりやけに美味しかった。 そのことを今も覚えている。 『ちょっとした嬉しいこと』は、 食べるものにも 魔法のスパイスをかけてくれるらしい。 ♧ 大学卒業後に就職した職場での話だ。 私はまだ若く、至らないことばかりの日々だった。 そこでのことをここに綴ろうと思う。 ♧ 気の合わない人と仕事をともにすることになった。 さあどうする。 私より二年あとに入社してきた白石さん(仮名)は、 性格も思考回路も物事の好みも 私とはまるで違って

雇用形態関係なく働けたのは、この会社が初めてでした

せっかく関わってくださったのであれば、その人らしさを大事にして、一緒に働いて笑いたい。 #はたらいて笑顔になれた瞬間 課題しかない「これだから派遣はイヤなんだよ!」 その言葉に私は思わずギョッとした。 以前勤めていた会社で、私が人事部に異動したてのころの話だ。 私のデスクの前で、営業チームのリーダーが苛立ちを露わにしている。聞くところによると、出勤予定の派遣社員の方が三日連続で遅刻をし、そしてとうとう無断欠勤をしてしまっているとのことだった。 当時の社内では半ば「ある

一期一会で終わらせたくなかったから

「工藤さんが違うところでも頑張るって言ってくれたこと、嬉しかった。 大変だろうけど、頑張ってね!またお邪魔しにいくからね」 そう電話で伝えてくれたお客様の言葉に、わたしは気づいたら涙を流していた。 働くことで辛くて涙を流すことはあると思っていたけど、嬉しくて涙を流すこともあるのだと。 このとき初めて知った。 わたしは今年で社会人7年目になる、 お菓子の販売員だ。 入社して配属になった店舗では5年半ほど勤めていた。 そのお客様とは新入社員のときに出逢った。 1年の中

「うめえ」が聞きたくて

言語聴覚士、というマイナーにもほどがある仕事に就いて、もう次で4回目の春を迎えようとしている。コミュニケーションと食事のリハビリという側面から誰かと関わるこの生活は大変だけど、うんと好きだ。 そんな中であるとき担当することになったのは、お酒とタバコとギャンブルがお好きで陽気な患者さんだった。目を開けてすぐのとき「わたしのこと、見えてますか?」と尋ねたら「見えてるよ!目の前に美人!サイコーの景色!!」と返してくださるような、そんな方。 それだけ元気なお返事をくださる方だけど、

働くが、続かなかったわたしを、もう一度信じてくれた人。

長いよりは、どちらかというと短い方が好き。 長編より短編。 長いものを読むよりは、歌詞を読みたい。 文学が好きだったことも殆どないのに 文芸学科に入ってしまってどうしようかと 迷っていた。 思えばわたしは幼稚園の時から、ここは わたしがいる場所ではないという強い自覚 だけがあった。 場所を間違えましたと。 小中高とほとんど無欠席で通っていたけれど、 いつも所在なげに暮らして来たから、進学も 就職することもとても怖かった。 働かないで暮したい。 それ

「男性の育休取得」が社内ルールになるまでの話。

2021年3月。 僕が働く会社の「新しいルール」として、 「男性の育休取得」が義務化になりました。 なぜ「男性の育休取得」に積極的に取り組んだのか。 なぜ「義務」なのか。 この記事では、そんな内容を綴っていきたいと思います。 男性の育休取得に取り組んだ経緯当時、「A」さんのご家庭に初のお子様が誕生しました。 続いて「B」さんのご家庭でも第二子の出産予定がありました。 更に続いて「僕」の家庭でも第三子の出産予定がありました。 当社は若い社員さん(30歳~40歳)が多いため

「編集者」になるのに10年かかった話

「風、あったかくなってきたなー!」 この風、めっちゃいいな。 サブスクにして売ってくれたら月額980円くらい払うんだけどな。 なんて春の風を楽しみながら駅まで歩き、改札を抜け、すぐに来た電車に乗って、つり革をつかんで。 ふと目の前に座ってる人のスマホを見たら、その人。 私が書いたnoteを読んでいた。 「ぴょ!?」って思った。 変な声出そうになった。 読んでいたのはロングヘアの若い女性だった。 背中を丸めて、スマホをのぞき込んで、 左手の親指でスクロールして私のno

教室の片隅でアキトは宇宙を旅する

はるの先生は空を仰いだ。 新芽の独特な香りが漂っている。 頬を優しい涙が伝わる。 アキトの担任から嬉しい知らせを受け取ったからだ。 「アキトが学級全員分の子の良い所を紙にびっしり書き出しました! 」 えっ? 一瞬耳を疑った。 アキトという子 教室の片隅で いつもじっとしている子 誰とも話さない子 それどころか 1日中ほとんど顔をあげない。 周りをすべて拒絶しているように見えた。 それでも 毎日学校にくる。 教室の隅の自分の席に座ると そのまま 顔を伏せて1日

いいかい。仕事は‘’非モテ戦略‘’「競争を避けること」で劇的に楽しくなるのだ。

子供の頃はよく世界を救ったものだ。 たぶん滅亡の危機に瀕した世界を20回以上は救ったんじゃないだろうか。 嘘じゃない。 ボクは世界平和の使徒であった。 世界を救う‘’勇者‘’だったのだ。 平日は学校に通いつつ、放課後は自宅で魔王を倒し、世界を救うことが日常だった。学生の本業が勉強することならば、ボクは副業として‘’勇者‘’をやっていたことになる。 学生と勇者の二足わらじってヤツだ。 ダーマ神殿での転職 バラモスとの闘い 消えた冒険の書 ・・・なんのことはない。 ド

コーヒー屋の仕事をしていて嬉しく感じる、3つの「人」との関わり

僕はコーヒー屋という仕事をもう8年しています。 毎日本当に楽しく仕事ができているなと実感しているのですが、それはコーヒーそのものが好きだからという趣味の延長の話ではなく、「はたらく」という意味でも楽しさを感じています。 何のためにはたらくのか。学生を終えてからの大半が仕事をしている時間で、いろんな仕事や関わりがあるからこそ、ふと悩んでしまうことも多いと思います。 「好きなことを仕事にする」ことを目指したり意識する人も増えてきて、僕もどうやったら好きなことで仕事ができるの

2022年2月28日、住友商事を辞めた

2月28日、私は新卒から13年弱勤めた住友商事を辞めた。 就活を始める前から「商社マンになる」と信じていた学生・細田薫にタイムスリップして伝えたとしても、「将来、自分の意志で商社マンで無くなる決断をするよ」と言っても信じてはくれないだろう。 辞める理由は極めて前向きな理由だが、その決断に至るまで、そして至った後には色んなことがあった。「辞めたて」のこのタイミングで、それらを綴ってみる。 本編を始める前に大事なことなので冒頭に述べておくが、私はこの投稿で住友商事を批判する

支える人でもいいんじゃない?

依頼をもらえるというのは。 頼ってもらえるというのは。 本当にうれしいものだ。 先輩から頼ってもらった時。 後輩から頼ってもらった時。 同期から頼ってもらった時。 本当にありがたいと思う。 仕事でもそうだ。 「阿部さんに言葉の相談をしたい」 そんな風に頼ってもらった時。 相手の力になれたことをとてもうれしく思う。 けれど時折、迷う。 「もっと自分から企画して、もっと自分から人に頼ってもいいんじゃない?」 ふとそんな言葉が頭に浮かんだ時、迷う。 来たボールを打ち返せて

「誇りをもって仕事をしよう」という呪い

「自分の仕事に誇りはないわけ?」 これは数年前、些細な口喧嘩のなかでわたしに向けられた言葉です。未だに心のどこかにひっかかっていて、時折思い出します。 誇り、かあ。たしかに、はたらいていて楽しいと思うことはあるけれど、「仕事に誇りがあるか」と問われると、それは「ない気がする」。 もしかしたら、自分の仕事が他の人の役に立ったり、社会に貢献してたり、そういう実感があれば、仕事への誇りなるものは、自然と生まれるのかもしれません。 しかし、そうしたものとは縁遠く、スキマ産業での