一期一会で終わらせたくなかったから
「工藤さんが違うところでも頑張るって言ってくれたこと、嬉しかった。
大変だろうけど、頑張ってね!またお邪魔しにいくからね」
そう電話で伝えてくれたお客様の言葉に、わたしは気づいたら涙を流していた。
働くことで辛くて涙を流すことはあると思っていたけど、嬉しくて涙を流すこともあるのだと。
このとき初めて知った。
わたしは今年で社会人7年目になる、
お菓子の販売員だ。
入社して配属になった店舗では5年半ほど勤めていた。
そのお客様とは新入社員のときに出逢った。
1年の中で繁忙期と言われているお中元やお歳暮の時期に種まきとして、毎年よくご利用してくださっているお客様にご案内をお送りしている。
まだまだ忙しさの流れもわからず、お客様のお名前とお顔が一致もしていなかったけれど、言われるがままに簡単なお手紙と宛名を書いた。
その手紙を書くときに自分の名前も書いていたから、来てくれたときに挨拶できたらラッキーくらいに思っていた。
「工藤さん、いますか?」
お歳暮のときだった。
わたしが書いた案内を持って、来てくれたのだ。
宛名で書いた方は男性で、
つきそいで来られた方はそのお客様の娘様らしい。
住んでいるところが近いということでお話が盛り上がり、これを機にちょくちょく来てくださるようになった。
娘様からは「工藤ちゃん」と親しく読んで頂けるくらいに。
3年くらい経ったある日、開店直後に娘様がいらっしゃって、「今日これから娘の大学の卒業式なの~!」とご家族でわざわざ挨拶に来てくださり、うちの商品を買っていってくれた。
わたしはただの販売員で、名前を覚えてもらっているくらいでプライベートを共にしたわけでもない。お菓子屋さんのスタッフのひとり。
それでも、ご家族にわたしのことを話してくれたり、大切なイベントの日に顔を見せに来てくれたことがとても嬉しかった。
ディズニーにいるキャストさんみたいに素晴らしい接客が出来たわけでもない。
ただ自分がその時に出来ることは、精一杯やっていた。
「工藤ちゃんが頑張っているの見ると元気もらえるのよ」とお会いした時にはこちらが元気になれることを言ってもらえて、自分が少しでも役に立てていることがあると思うと少し誇らしくなった。
それからコロナ禍でなかなか店舗には来られなくなり、ときにお電話を頂きお話することが多くなった。
5年目になった頃、わたしは店長になった。
頑張りたい気持ちはあったけど、身体がついていかず2021年10月頃休職をすることになった。
何もお話も出来ずお休みになってしまい、年が明けて2月に復帰することになったが、店舗が変わることになったので直接挨拶も出来ずじまいになった。
心残りだったわたしは手紙を書くことにした。
お休みをもらっていて、異動になったこと。
いままでの感謝。
想いがいろいろありすぎて4枚にもなってしまった。
自分が出来ることは、ここまでだった。
あとは受け取ったお客様がどう受け取り、どう行動するかは相手次第になる。
もうお会いできなくなることは容易に考えられた。
所詮、お客様と販売員の関係だ。
こちらが環境が変わっても繋がりたいと思うのは、ただのエゴでもある。
それでも、元気をもらっていたのはわたしだし、何度も辞めたいと思ってもお客様の言葉があったから続けてこられたから感謝の言葉は伝えたかったのだ。
この機会を逃したらもう伝えられるチャンスはないと思った。
送ってから、数日後。お店に電話があった。
娘様からだった。
「お手紙ありがとうね。こちらこそお礼言いたいことばっかりなのに、先に素敵なお手紙貰っちゃって。読んだ時泣いちゃった。そっちのお店にも行ってみたいなと思っていたから会いに行くね!」
そして、冒頭に至る。
「工藤さんが違うところでも頑張るって言ってくれたこと、嬉しかった。
大変だろうけど、頑張ってね!」
伝わった、繋がったと思った瞬間だった。
これはただの販売員とお客様のお話だ。
本当なら一回きりでお会いすることもなくなることも考えられる関係だ。
でも、自分が今できることを積み重ねていくことで、少なからずあと1回を繋げることは出来るのだと思った。