働くが、続かなかったわたしを、もう一度信じてくれた人。
長いよりは、どちらかというと短い方が好き。
長編より短編。
長いものを読むよりは、歌詞を読みたい。
文学が好きだったことも殆どないのに
文芸学科に入ってしまってどうしようかと
迷っていた。
思えばわたしは幼稚園の時から、ここは
わたしがいる場所ではないという強い自覚
だけがあった。
場所を間違えましたと。
小中高とほとんど無欠席で通っていたけれど、
いつも所在なげに暮らして来たから、進学も
就職することもとても怖かった。
働かないで暮したい。
それがわたしの望みだった。
でも、叔父がちっちゃな広告会社を経営していた
のでコピーライターの専門学校に興味をもって
大学に通いながらそこにも夜通ってみた。
信じられないぐらい楽しかった。
そこで出会った人たちはみんな社会人だった
ので。
みんな働くことを日常にこなしている
人たちばかりだった。
わたしにとっては自分で働き自分で
食べているひとが眩しかった。
学生だったからバイトはしていたけど
固定の場所で働くことがあまり想像でき
なかったのだ。
で、就職どうでしょうと、己に問いかけたけど
よくわからなくて、迷っていた頃、カレが、
とある人と知り合った。
その方が広告事務所をもっているんだけど、
新卒を欲しがってるから、コピーライターになって
みぃへん? って試験を受けたのがわたしの
コピーライターの始まりだった。
コピーライターの専門学校を出たひとたちは
みんな大手の広告会社を目指していた。
わたしはそんな野心がもてなかった。
そして、なんとかその会社に受かり
そして、彼とは別れるけれどその事務所では
しばらく働いていた。
しかし、わたしのふにゃふにゃのメンタルは
すぐに高いところから落としたお豆腐パック
のようになっていった。
まず、会社にかかってくる電話をとるのが
こわくて仕方ない。
コピーはもちろん書けない。
現場でちゃんと取材して帰ってこれない。
取材のあとの原稿をどこから書き始めたら
いいのかわからない。
ちょっと先輩のスーちゃんはさくさくと
こなしていた。
それでも、スーちゃんはわたしに
マウントとることもなく、わたしのペースを
乱さないように接してくれた。
わたしは、わからないことがあると
わからないくせに、自分で解決しようと
するところがあって。
がんじがらめになって最終的に
自滅してしまうタイプだった。
わからへんかったら、聞けばいいやん。
ってチーフのみゆきさんに叱られた。
びびった。
自分で考えたのに叱られるのだと思った。
みゆきさんはわたしのコーチ役。
電話の取り方から、お客さんへのお茶の
出し方から、打ち合わせの仕方まで。
最初は、インタビューの仕事の見習いだった。
初回だけはみゆきさんに同行して、
1本を仕上げるのをそばで
見習った。
ノートとICレコーダーのふたつを持って、
話を聞きながら、鉛筆を走らせる音を
隣で聞いていた。
わたしは今でこそメモ魔だけれど、メモ
することが習慣になっていなくて、
素手でこなそうとするところがあった。
ぼんちゃん、あんたは聖徳太子かって
ふたたび叱られた。
宙で聞くのをやめ
って言われてそれからいつなんどきも
メモをとるようになる。
メモを取っていると、そこから新しい
問いがみつかったりするから、結局
遠回りじゃないんやでって教わった。
この間のドラマでも、新人の刑事さんが
応援要請がきて新しいチームで働くことに
なったとき名物警部に「お客さんになるな」って
叱られる。
あ、さっさと動けっていってるんやなって早合点
していたら。
どうもそれはそうじゃなくて、
困った時は、まわりの人に頼れって言う意味だと
知った。
その時のドラマの中の新人刑事はあの頃の
わたしだと思った。
わたしが出来なくても、じぶんのなかだけで
解決しようとしていたのは、他者を信じることが
こわかったせいかもしれない。
思えば、同僚のスーちゃんはチーフのみゆきさん
にも怖がらずに、わからないことわわからない、
できないことはできない。
そして、おまけにしたくないことはしたくないと
断言できる人だった。
わたしには十万年先でも無理だと思いながらも
スーちゃんのその仕事のスタイルが好きだった。
憧れだった。
だから取材もうまかったのだなって。
そしてわたしは中途半端なままその会社を
辞めるのだけれど。
辞めたわたしにしばらく経ってから、
またふたたび声をかけてくれてのは、
その広告会社の社長洋子さんだった。
フリーとしてその会社からの仕事を受けた。
お酒の専門雑誌に掲載されるお店取材。
テーマは「接待」できるお店紹介だった。
そして、そのころのことをこんな記事にした。
まだまだ駆け出しだったけれど。
新人の甘さは許されないのだなという思いで
取材をさせていただいた。
その時、お店から頂いたマッチを軸にして
お店への思い出をつづりました。
今想うと、周りを信じられなかった
わたしのことを社長の洋子さんは信じて
くれていたことをあらためて知った。
そしてそんなわたしにチャンスをくれたのだと。
仕事を嫌いになったりしていたわたしを
もういちど信じてくれた人、洋子さんとの
出会いを今も懐かしく思い出すことがある。