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教室の片隅でアキトは宇宙を旅する


はるの先生は空を仰いだ。
新芽の独特な香りが漂っている。

頬を優しい涙が伝わる。

アキトの担任から嬉しい知らせを受け取ったからだ。

「アキトが学級全員分の子の良い所を紙にびっしり書き出しました! 」

えっ?
一瞬耳を疑った。

アキトという子

教室の片隅で
いつもじっとしている子
誰とも話さない子

それどころか
1日中ほとんど顔をあげない。
周りをすべて拒絶しているように見えた。

それでも

毎日学校にくる。
教室の隅の自分の席に座ると
そのまま
顔を伏せて1日を過ごす。

授業中も同じだ。

そして
時間がくると黙って帰っていく。

はるの先生はずっと
彼の学校にくる意味を
自分の心に問い続けてきた。
そして、心を悩ませてきた。

コミュニケーションをとらずに教室にいる意味はあるのか。
授業も拒否しているように見えるはたして学びはあるのか。
彼のためにどう手をさしのべたらよいのか。

クラスメイトはそんなアキトと
一年間暮らしてきた。
声をかけたり
時には
抱えるようにして移動したり
動くのを待ったりした。

それは
長い時間だった。

アキトはほとんど反応しない。

それでも

顔を上げるだけで
少し頷くだけで
クラスメイトたちは笑顔になる。

アキトには届かぬ気持ち。

そのアキトが
クラスメイトの一人ひとりの良い所を紙にびっしり書いて、担任に渡したというのだ。

こんな風に

Aさん 優しい。消しゴムを拾ってくれた。
Bくん いつも気にしてくれる。移動教室の時は声をかけてくれる。
Cくん 元気。クラスのムードメーカー。明るくしてくれる。
Dさん おとなしいけど、クラスのことを考えて、動いている。
Eさん 学級代表。みんなのまとめ役。頼りになる。
Fくん 1番気にしてくれる人。ありがとう。
           (後略)

アキトの「みんなの良い所」より

最後に

K先生 明るい。みんなを元気にする。僕のことをいつも心配してくれる。感謝している。

アキトは

ちゃんとみんなの存在を感じ取っていた。周りの声に耳を傾けてコミュニケーションを取っていた。
感謝の心を育んでいた。

読んでいるうちに
胸がいっぱいになる。

こんなに学んでいた。
こんなに感じ取っていた。
こんなに成長していた。

教室の片隅で彼は心の中の宇宙を広げていた。
それに気づけなかった。
彼が学校にくる意味はこんなにも大きかったのだ。

まだまだ未熟な自分。
子どもたちから教えられることは
なんと奥深いことだろう。

クラスメイトには
アキトの気持ちが伝わっていたのではないか。

アキトも
他の子たちも凄いなぁ。

ありがとう。

自然と溢れる涙と笑み。
はるの先生は空を見上げる。


私が両手をひろげても
お空はちっとも飛べないが、
飛べる小鳥は私のように、
地べたを速くは走れない。
私がからだをゆすっても、
きれいな音は出ないけど、
あの鳴る鈴は私のように、
たくさんな唄はしらないよ。
鈴と、小鳥と、それから私、
みんなちがって、みんないい。  

金子みすゞ 
    『私と小鳥と鈴と」

アキトにはアキトのペース
アキトにはアキトの学び

一人ひとりに
    一人ひとりの良さ


教室は個性ある小惑星がぶつかり合う宇宙だ。時には私もその宇宙に漂って、身を委ね、その奥深い神秘を感じとろう。

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