『「いいね!」戦争』を読む(2) 「顔のない敵」とつきあう五つの原則
▼身近な話から行こう。シカゴのギャングの話だ。
〈2017年にシカゴで発生したストリートギャング絡みの暴力による死者数は、イラクと、続くシリアでの通算10年間におよぶ紛争における米軍特殊部隊の死者の総数を上回った。その抗争の中心となっているのがソーシャルメディアだ。〉(25頁)
▼どこが身近? ギャング同士の、オンラインの貶(けな)し合いが、銃殺、そして報復のための銃殺に至る例が後を絶たない。
「いじめ」という名の犯罪によるこどもの自殺と、シカゴのギャングの争いとは、似ている。
〈分散型テクノロジーのおかげで、誰でも個人で暴力の悪循環を始められる〉(27頁)時代になった今、オンラインの小競り合いが殺し合いに暴走する可能性が高まった。
ギャングの殺し合いと凄惨ないじめとは、暴力の向かう先が双方向か、一方向かの違いがある。しかし、似ている。
〈ロバート・ルービンはギャングの元メンバーで、現在はギャング関連の調停・介入を行う団体アドヴォケイツ・フォー・ピース&アーバン・ユニティを運営している。悲しげな目をして灰色交じりのヤギのようなあごひげを生やし、詩人を思わせる風貌だ。
ルービンは誰よりもうまく問題を要約した。
ソーシャルメディアは「顔のない敵」だ、と。
「“棒きれや石ころなら骨が折れるかもしれないが、言葉で私を傷つけることはできない”という古いことわざは、もう通用しないだろう。言葉が人びとを死に追いやっている」〉(28頁)
▼シカゴのギャングの話題を、ソーシャルメディアで切り取れば、たとえば日本の「いじめ」の問題も、メキシコの「麻薬カルテル」の問題も、アメリカの「大統領選挙」の問題も、じつは同じ問題だということに気づく。
ただし、前号から紹介している『「いいね!」戦争 兵器化するソーシャルメディア』は、「オンラインとリアルな戦争」を中心に描いている。それが今、インターネットをめぐる最大の話題だからだ。
▼本書を貫く五つの原則。
1)インターネットは思春期を過ぎた
2)インターネットは戦場と化している
3)インターネットの戦場は戦い方を変える
4)この戦闘は「戦争」の意味を変える
5)誰もがこの戦争の一部だ
▼インターネットは「現代の商取引の神経システムと化してきた」が、同時に「情報そのものが兵器化される戦場」と化しているという。(35頁)
〈インターネットが戦争を変えてきたように、今度は戦争がインターネットを根底から変えている〉という。(36頁)
その具体例を、嫌というほど一冊に盛り込んだのがこの本だ。
▼原則の(5)について、著者は〈「いいね!」戦争における戦いに関心があろうとなかろうと、戦争の当事者たちはこちらに関心があるのだ〉と解説する。(41頁)
▼アンジェイ・ワイダの「聖週間」だったか、どの作品だったか忘れたが、戦火による灰が、ベランダの洗濯物に舞ってくるシーンがあった。そのシーンを撮るとき、ワイダは画面に映らない場所にまで、灰を舞わせた。そんな一見無駄なように思えることをする理由についてワイダは、生活の隅々まで行き渡るのが戦争というものなのだ、と語ったという。
戦争は政治の延長であり、外交の手段である。こちらが政治に無関心でも、政治のほうはこちらに関心を持っている。政治はさまざまなかたちをとって、あなたの枕元までやってくるのだ。だから、戦争が自分の枕元まで来ないようにするためには、政治から逃げるのではなく、こちらから政治に関わるのが価値的である。
同じように、ソーシャルメディアにも、関わるのが価値的だ。『「いいね!」戦争』は、そのための現時点での最良の道案内である。(つづく)
(2019年6月25日)