『「いいね!」戦争』を読む(7) 戦争犯罪を暴くアマチュアたち
▼『「いいね!」戦争 兵器化するソーシャルメディア』の第3章のラスト。3つのキーワード、「クラウドソーシング」「市民レポーター」「オシント革命」のうち、最後の「オシント革命」について。
本書について、2019年6月30日のお昼現在でもカスタマーレビューがない。不思議。
▼「オシント革命」は、一つめのキーワード「クラウドソーシング」によって生まれたものだ。
「オシント」は「OSINT」で、「オープンソース・インテリジェンス」のこと。要するに、公に開示されている情報だけで、この文脈では「インターネットで入手できる情報だけ」で、真実を突き止める手法のことだ。
じつは「インテリジェンス」活動の多くは、この「オシント」だという。
この従来からあるインテリジェンス手法に「革命」が訪れたのは、ひとつの航空機撃墜事件がきっかけだった。
▼2014年、ウクライナ、ロシア、と見れば、思い出す人も多いだろう。2014年7月17日、マレーシア航空17便が、ロシアとウクライナの国境に近いグラボべという町の近くに墜落した。乗員298人が全員死亡。
ロシアとウクライナとで、互いに「そっちが撃墜した」と激しい外交戦が展開された。
▼誰も否定できない証拠を見つけ、撃墜した犯人を見つけ出して論争に決着をつけたのは、どの国家の情報機関でもなかった。
なんと、墜落場所から3000キロメートルも離れた場所に住んでいる男が、クラウドファンディングでつくった、オンラインの調査チームだった。
そのスタートの経緯が面白い。適宜改行。
〈民間人298人を殺した真犯人が誰にせよ、姿をくらます時間は十分あっただろう。
彼らが考慮に入れていなかったのは、穏やかな口調で話す、オンライン戦闘ゲーム「ワールド・オブ・ウォークラフト」の熱狂的なファンという人物の存在だった。〉(120頁)
▼「それは考慮に入れないだろう」と思う。「オシント革命」の始まりだ。
〈3000キロ以上離れた場所でコンピュータに向かっていたエリオット・ヒギンズは、早くも必要なすべての証拠にアクセスしていた。
その3年前、ヒギンズはイギリスのレスターで幼い娘を溺愛する専業主夫だった。オンラインゲームとニュース記事にコメントすることに時間をかけすぎだと思ったヒギンズは、もっと有益なことに興味を向けた。勃発したばかりのシリア内戦についてのブログを始めたのだ。(中略)
ヒギンズはシリアに行ったことはなく、アラビア語も話さなかった。本人が認めているところでは、戦争についての知識は映画〈ランボー〉シリーズで見たものに限られていた。実際、自宅から出ることもめったになかった。出る必要がなかったのだ。無数のソーシャルメディア・アカウントのおかげで、シリア内戦のほうから彼のもとにやってきた。〉(120-121頁)
▼全部、独学で、最初はYouTubeとグーグルマップが武器だったそうだ。彼は何ができるようになったかというと、たとえば「反政府勢力の武器補給線を暴いた」り、「アサドが自国民に対して神経ガスを使用した証拠を山のように積み上げた」(121頁)。
ヒギンズ氏は、マレーシア航空の撃墜事件について、「ベリングキャット」というプロジェクトを立ち上げる。(猫の首に鈴をつけるネズミのお話からのネーミング)
〈ベリングキャットはデジタル上の事実を、判明したとおりに報道するだけだった〉(122頁)
ベリングキャットにはフィンランド軍の将校からアメリカのノースカロライナ出身のアメリカ人ボランティアまで広がった。このアメリカ人の義父母は、同居人が〈ネットで時間を無駄にしていると考えていた。まさか戦争犯罪の捜査をしていようとは思ってもいなかった〉(123頁)というのが面白い。
▼このベリングキャットは、のけぞるような結果を叩き出す。飛行機を撃墜したのは〈ロシア軍第53高射ミサイル旅団の第2大隊〉であることを突き止め、〈ミサイルがロシアのものであることを示した〉(124頁)
「ブーク」という有名なミサイルですね。
▼圧巻は、ここから。ベリングキャットは、なんと「誰が発射したのか」までたどり着いたのである。
〈ミサイルばかりか所属する部隊までわかったものの、発射したのは誰なのか。
その答えは発射した本人たちからもたらされた。
ロシア兵のプロフィールをVKontakte(vk、フコンタクテとも言う。いわばフェイスブックのロシア版)で検索中、チームは軍の装備の画像、陰気な集合写真、何百枚もの不安そうな自撮り画像を見つけた。ある徴集兵などは、ウクライナに配備される直前の第2大隊の演習への参加申請書まで撮影していた。
自分たちの戦争を撮影したのは兵士だけではなく、彼らの友人や家族も同様だった。ベリングキャットがとくに注目したのは、ロシア兵の妻や母親がよく参加している、あるオンラインフォーラムだった。彼女たちは愛する夫や息子を心配して、具体的な部隊の配備についてあれこれ噂しており、それが情報の宝庫であることもわかった。〉(124頁)
▼まさに「銃後」も総力戦。インターネットでそこまで調べがつくのか、と驚嘆する。
〈2年近い調査の末に、ベリングキャットは調査報告書を、撃墜事件の容疑者を裁くことになっていたオランダの検察当局に提出した。報告書にはデータからMH17便を撃墜したミサイルシステムを担当していたと思われる兵士20人の氏名、写真、連絡先などが記載されていた。それはインターネットで入手できる情報だけを頼りに達成された、まれに見る偉業だった。同時に、ロシアが戦争犯罪に加担したことを示す動かぬ証拠でもあった。〉(125頁)
▼オシント革命、恐るべし。
しかし、すぐに思いつくのは、個人の集まりでこれだけのことができるのだから、じゃあ国家が本気を出せばどうなるのか、現実に今、どうなっているのか、ということだ。(つづく)
(2019年6月30日)
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