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鴻鵠先生の漢学教室1 「人文学・神学・漢学」

ビジネス本で大ヒットしたアメリカの本で、これからはテクノロジーより人文学だ、といった内容の本が何年か前に書店で並んでいました。

資産10億ドル以上の富裕層をビリオネアと言いますが、トップ20人を調査したところある共通項があったのです。それは人文学を学んだ人たちだった、というのです。人文学とは、哲学・宗教・倫理といった、いわゆるリベラルアーツのようなものです。簡単に言えば、ギリシア・ローマの古典のことです。欧米の大学は元々神学が中心でした。オックスフォードもケンブリッジもハーバードも元々は神学校でした。神学が学問の中心だったのです。

慶應義塾大学法学部の憲法ゼミナール担当教授だった田口精一先生が「法学なんてヨーロッパでは大したことないんですよ。ヨーロッパの学問の中心は神学なんです」と言っていました。
先生はドイツに留学し、ドイツ国法学が専門でした。イエリネックの「一般国家学」のドイツ語の原書購読のゼミを担当されていました。そして事あるごとに法治主義よりも徳治主義の方が大事だとおっしゃっていたのです。

徳治主義とは儒学の言葉です。中国の古典の言葉です。いわゆる四書五経が儒学の聖典ですが、徳によって治める政治を最高のものとするのです。
論語・孟子・大学・中庸・の四書、書経・詩経・易経・春秋・礼記の五経、全て徳について書かれているものです。

本来、漢学、特に儒教は為政者のための学問でした。隋の時代からはじまって20世紀まで続いた科挙の試験は高級官僚、すなわち国家公務員を採用する試験に儒学が基本的に採用されたのです。

日本でも聖徳太子の時代に儒学と仏典は日本に入ってきており、平安貴族は漢文に精通していました。清少納言の「香爐峯の雪はすだれをかかげてみる」という白楽天の詩を即実行したことで有名でしたし、紫式部に至っては「お前が男だったらよかったのに」と父が嘆いたほどに漢学の才能がありました。

欧米の人文学・神学に相当するものが日本では漢学なのです。為政者や社会のトップリーダー・大企業のトップや政治家が終生学んだのが漢文による漢学なのです。その歴史は少なくとも1400年以上の歴史と伝統のあるものです。

昭和の指南役と呼ばれ、最後の陽明学者と言われた安岡正篤まさひろ氏には歴代総理や経営者がこぞって教えを請うた、と言われています。
吉田茂・佐藤栄作・福田赳夫・大平正芳・中曽根康弘といった歴代の首相、経団連のトップだった平岩外四氏やあのパナソニックの創業者松下幸之助氏もその一人だったと言われます。

「漢学」というものは、欧米の「神学」「人文学」に匹敵する、社会のトップリーダーが学ぶべきものである、という事実を若い人たち、特に高校生の皆さんが認識するべき事実であると思います。

大学受験のためだけでない、一生役に立つ真の学問がそこにあると思うからです。


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