マガジンのカバー画像

龍馬が月夜に翔んだ

46
運営しているクリエイター

#小説

短編小説「坂本龍馬暗殺の真相(後編)」

短編小説「坂本龍馬暗殺の真相(後編)」

「ドン」

爆音が近江屋全体を揺るがした。

一瞬間をおいて二階の窓から白煙が飛び出した。

それらは疾風のごとく河原町通りを駆け抜ける。

「何だ」

近江屋の軒先で待機していた新選組の大石鍬次郎は、咄嗟に槍を手に単身近江屋に土足のまま乗り込む。

二階に駆け上がる。

硝煙の匂いが混じった灰が部屋中に立ち込めている。

何も見えない。

天井からバラバラと煤が降ってくる。

どうなっているのだ

もっとみる
短編小説「坂本龍馬暗殺の真相(前編)」

短編小説「坂本龍馬暗殺の真相(前編)」

「龍馬だけは、絶対に斬るな。生かしておけ」

藤堂平助は一瞬焦った。

体が凍り付いたように動かない。

河原町の近江屋の坂本龍馬の隠れ家に中岡慎太郎が入ったとの情報が入った。

討幕派の中岡は絶対に斬らねばならないが、龍馬は「いろは丸」の賠償金の裏取引で幕府と通じている。

だから斬るなと厳命されているのだ。

藤堂は、服部武雄と二人だけで近江屋の二階の龍馬の隠れ家に突入した。

しかし、先回り

もっとみる
短編小説『初めての暗殺』

短編小説『初めての暗殺』

「抜刀」

隊長の大石鍬次郎の号令がかかる。

新選組平隊士の廣瀬は無意識に鯉口を斬った。

ずっと訓練を重ねていたおかげで自然に体が反応した。

今までの震えが嘘のように止まった。

いつも稽古で教えられているようにゆっくりと刀を抜く。

刀身が妥協を許さない現実の光を放ちながら弧を描いて、あらかじめ決められた終着点かように正面で止める。

正眼の構えを取る。

刀身が目の前で妥協の許さない直線

もっとみる
新選組生き残り隊士の告白『坂本龍馬暗殺の真相』

新選組生き残り隊士の告白『坂本龍馬暗殺の真相』

新選組の屯所から戻ってくると、菊屋の二階には、藤堂平助、服部武雄の他に、高台寺の屯所から毛内有之助が駆けつけていました。

「齊藤さん、見ていましたよ。中岡慎太郎が近江屋に逃げ込んだのですね。よりによって、近江屋を選ばなくても良いのに」

「毛内さん、ご苦労様。見ての通りだ。厄介なことになった。ところで何かありました」

私ら御陵衛士は、近江屋に潜んでいる坂本龍馬を護衛するために同じ河原町通り面し

もっとみる
短編小説『龍馬、斬られる』

短編小説『龍馬、斬られる』

望月弥太郎が、こいつらによって無残に切り刻まれたのだ。

望月はもう帰ってこないのだ。

あの望月はいない。

もう夜明けが近いというのに、彼は永遠の夜に閉ざされたままだ。

藤堂平助の眉間の醜い傷は、望月の恨みの証だ。

あろうことか、いま望月が私に恨みを晴らして下さいと哀願している。

龍馬の目には、知らず知らずに涙が溢れてきた。

零れ落ちた涙が、心の傷からにじみ出た血液のように畳を濡らして

もっとみる
時代小説『龍馬、その傷を見よ!』

時代小説『龍馬、その傷を見よ!』

「先生、伊東甲子太郎様の配下の御陵衛士と名乗るお武家様が、御用改めに来られております」

元相撲取りで用心棒の藤吉が二階に上がってきて告げた。

「俺に会いに来たのか」

「いや、中岡先生をお探しに来られたと察します」

坂本龍馬と中岡慎太郎、顔を見合わせる。

「何人だ」

「お二人です」

「分かった。俺が応対する。通せ」

火鉢を挟んで北側の床の間の前に龍馬が座り、南側に慎太郎が座っていた。

もっとみる
時代小説『近江屋に潜入せよ』

時代小説『近江屋に潜入せよ』

齊藤一は、菊屋峯吉から十津川郷士と名乗っている三人組みは近江屋の二階にいるとの報告を受ける。

坂本龍馬も同じ近江屋にいるが、離れの隠し部屋にいるので、三人組との接触はないという。

「よし、藤堂平助さんと服部武雄さんが中に入って、中岡慎太郎ら三人を外に出して下さい。あくまで、不法侵入した不逞浪士を排除するという形です」

藤堂が、

「もし、刃向かってきたら?」

「当然、応戦して下さい」

もっとみる
時代小説『龍馬が月夜に翔んだ』第31話(最終回) 「月に帰る」

時代小説『龍馬が月夜に翔んだ』第31話(最終回) 「月に帰る」

「お龍」

布団の中にいて寝つかれなかったお龍は、今確かに龍馬の声を聴いた。

はっきりと、龍馬から名前を呼ばれた。

夜明けのように障子から薄明かりが差し込んでいる。

お龍は、障子を開けた。

見事な満月。

何処から聞こえるのか、清らかな鐘の音か長く尾を引いて流れている。

向こうの山影から青白い光の玉がすっと上がった。一直線に満月に向かって昇って行く。

そしてその青白い光は、満月の光に照

もっとみる
時代小説『龍馬が月夜に翔んだ』第29話「龍が駆け上がる」

時代小説『龍馬が月夜に翔んだ』第29話「龍が駆け上がる」

「リョウマ、マダシヌナ、ユメガアルハズ、シヌナ、ユメユメ、ユメヲカナエヨ、マダシヌナ、リョウマ、シヌナ」

瀕死の中岡慎太郎があえぐようにつぶやいている。

よし、寺田屋の時のように、力ある限り逃げよう。

あの時のように屋根伝いに逃げよう。

しかし、あの時はお龍がいた。

三吉慎蔵もいた。

今、誰もいない。

恐怖よりも孤独に胸が締め付けられる。

龍馬は左手に持った抜き身の脇差を杖代わりに

もっとみる
時代小説『龍馬が月夜に翔んだ』第28話「夢をかなえよ、まだ死ぬな!」

時代小説『龍馬が月夜に翔んだ』第28話「夢をかなえよ、まだ死ぬな!」

火鉢の灰を頭からかぶった龍馬は、一瞬何が起こったのか理解できない。

炭の火の粉もはねたようで、髪の毛の焦げた匂いがする。

目が明かない。

耳が聞こえない。

辺りは騒然としているのに、沈黙の世界である。

先程流した涙のおかげで、闇が溶け出すように徐々に視界が蘇ってくる。顔を袖で拭おうとしたが右手が焼けるように熱い。重くて手が上がらない。

右手を見る。

拳銃を握ったままになっている。右手

もっとみる
時代小説『龍馬が月夜に翔んだ』第27話「抜けば、斬るぞ」

時代小説『龍馬が月夜に翔んだ』第27話「抜けば、斬るぞ」

突然、銃口が現れた。

藤堂平助は、刀を目の前でいきなり抜かれたことがあっても、いきなり銃口を向けられたことがない。

どう対処したら良いのか分からず、呆然と立ち尽くした。

坂本龍馬がいる。

隠れ部屋で臥せっていて、この部屋にはいないはず。しかも、我々に銃を向けている。

傍らにいる服部武雄も、何が起きているのか分からなかった。

誰もが、銃を前にして冷静な判断など出来ない。

その場を逃れよ

もっとみる
時代小説『龍馬が月夜に翔んだ』第26話「若武者の顔の傷あと」

時代小説『龍馬が月夜に翔んだ』第26話「若武者の顔の傷あと」

ゆっくりと階段を上った。狭い急な階段なので、先を行く服部武雄が三段も上がると、小柄な藤堂平助は服部の背中ばかりで、全く視界をふさがれてしまった。

二階に上がると、すぐに襖があり藤吉が片膝を立て、それを開けた。

六畳の間で、誰もいないが、行灯がともっており真ん中に文机が置かれている。

今まで人のいた気配がしている。

藤吉は中に二人を案内し、開けた襖をそっと閉じる。

そして、足元の文机に注意

もっとみる
時代小説『龍馬が月夜に翔んだ』第25話「元力士の応対の仕方」

時代小説『龍馬が月夜に翔んだ』第25話「元力士の応対の仕方」

齊藤一を岬神社に残して、大石鍬次郎隊と藤堂平助、服部武雄は、間隔をおいて一人ずつ反対方向の高瀬川に出てそれを下り、蛸薬師通りを右に曲がり、河原町通りを渡り、裏寺町通りを上がって、近江屋の北側の路地に出た。

大石隊の五名、前列右側の隊士が河原町側に、左側の廣瀬という隊士が近江屋の裏手に回った。後列の二人が勝手口の左右に分かれて、その正面に大石が付いて近江屋の警護を固めた。

大石が通りの向こうにい

もっとみる
時代小説『龍馬が月夜に翔んだ』第24話「背を向けるものは斬る」

時代小説『龍馬が月夜に翔んだ』第24話「背を向けるものは斬る」

齊藤一は、菊屋の峯吉から坂本龍馬は、醤油蔵の隠し部屋に潜んでいる。近江屋の二階には、十津川郷士と名乗っている三人組みが、宴会をしているとの報告を受ける。

「よし、藤堂平助さんと服部武雄さんが中に入って、中岡慎太郎ら三人を外に連れ出して下さい。あくまで、不法侵入した不逞浪士を排除するという形です」

藤堂が、

「もし、刃向かってきたら?」

「当然、応戦して下さい」

日頃無口な服部が口を開く、

もっとみる