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短編小説「坂本龍馬暗殺の真相(前編)」

「龍馬だけは、絶対に斬るな。生かしておけ」

藤堂平助は一瞬焦った。

体が凍り付いたように動かない。

河原町の近江屋の坂本龍馬の隠れ家に中岡慎太郎が入ったとの情報が入った。

討幕派の中岡は絶対に斬らねばならないが、龍馬は「いろは丸」の賠償金の裏取引で幕府と通じている。

だから斬るなと厳命されているのだ。

藤堂は、服部武雄と二人だけで近江屋の二階の龍馬の隠れ家に突入した。

しかし、先回りされた。

襖をあけて部屋にふみこもうとした矢先、龍馬から頭に拳銃を突き付けられたのだ。

その傍らにいる中岡が脇差抜いて吉岡の喉元に切っ先を向けている。

「何者だ」

龍馬の敵意を持った低く濁った声。

「拙者らは見回り組の者。坂本殿の警護を命じられて参りました」

藤堂はとっさに嘘をついた。

新選組と名乗ると命はないと感じた。

「違う」

中岡慎太郎が口をはさんだ。

「龍馬、こいつの眉間の傷見ろ。池田屋と時についた傷だ。こいつは新選組の藤堂平助だ」

途端に龍馬の顔つきが変わった。

「何だと」

龍馬の脳裏には、池田屋で命を落とした同志の顔が浮かんだ。

特に弟分として可愛がっていた望月弥太郎を失った痛手が大きかった。

こいつらによって無残にも切り刻まれたのだ。

「こなくそ」

湧き上がってくる怒りのあまり龍馬は引き金を引いた。

その瞬間。

服部武雄が脇差を抜きざまに龍馬の右手を拳銃もろとも切り落とした。

服部は、新選組の中でも指南役を務めるほどの剣術の達人。

特に脇差での居合斬りが出来るのは天下広しとはいえこの服部しかいない。

「龍馬は、絶対に斬るな」と厳命されていたにもかかわらず斬ってしまった。「命までは別条あるまい」

斬り落とされた拳銃が龍馬の右手もろとも火鉢の中まで飛んで行った。

すかさず拳銃の火薬に引火したのか、突然火を噴いた。

「ドン」

火鉢全体が爆発したように低く重い大きな音を上げた。

それはまるで大砲を打ったように近江屋全体を震わせて通りを駆け抜けた。

「何だ」

近江屋の軒先で控えていた新選組の大石鍬次郎は、その音を聞くと、思わず単身で近江屋に土足のまま乗り込んで二階へ急行する。

硝煙の匂いが混じった灰が部屋中に立ち込めた。

天井からバラバラと煤が降ってくる。

お互いに顔が見えない位に煙った。

行灯の橙色の光だけが不気味に揺れる。

「藤堂さん、中岡慎太郎を連れ出すぞ」

服部が声をかけた。

つづく

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大河内健志
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