大河内健志

小説家

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  • 宮本武蔵はこう戦った

  • 『天国へ届け、この歌を』スマホ版

  • 白木の棺

    知恩院の七不思議のひとつである「白木の棺」にまつわる物語です。

  • 出版企画書

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  • 大河内健志短編集

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短編小説『近鉄京都線 桃山御陵前駅』

妹の旦那に送ってもらって、新田辺駅から京都行の急行に乗り込む。 今日中に東京に戻らなければならない。 木津川の鉄橋から夕陽が見えた。 何年ぶりだろうか。 今まで空さえも見上げていなかったような気がする。 狭い空間に押し込められて、地べたを這いつくばるように生きてきた。 少しばかり有名だったIT関係の会社に勤めていたばかりに、いい気になって会社の仲間と独立して会社を作った。 一等地のビルにオフィスを構えて、眺めのいい高層マンションに住んだ。 CEOという肩書が私

    • 短編小説「武蔵が無になるとき」

      全速力で間合いを詰める。 小次郎の端正な顔が徐々に大きくなる。 血走った眼差しが全ての動きを認知しているかのように己の全身に突き刺さる。間合いは三間を切る。 互いが踏み込めば剣が届く距離に迫る。 だがどちらかが踏み込まなければ届かない距離。 見切る。 踏み込むと見せかけてその場を動かず相手に初太刀を打たせて空を切らせ隙が出たところを確認してから、確実に相手を仕留める。 佐々木小次郎の「燕返し」はそれを応用しているが、相手に予測のつかないような長い剣を使い、燕を斬

      • 短編小説『恋するオジサンの憂鬱』

        香田美月を別に避けているのではないけれど、会合があったりして時間が合わない日が続き、彼女と一緒になるいつもの電車に乗らなくなった。 いや本当は、自分の中で言い訳を作って避けようとしているのかもしれない。 すっと頭の中に、「お父さん」と呼ばれたことが気にかかっていた。 「お父さん」 確かに親子ほど離れた年齢差があるから、親しみを込めて自然に出たと思うがその一言が私を絶望の淵に追いやってしまっていた。 男と女の間に流れている川は渡ることができるが、親と子の間に流れている

        • 短編小説『煌めく川の向こう側』

          いつもの会社帰り。 いつものホーム、いつもの時間の地下鉄、いつも乗る前から2両目の3番目 出入り口。 いつもと違うのは、私の座っている前に、香田美月が立っていることだ。 彼女は、私が支社長を務めている会社の2年目の若手社員。 面識はなかったが、この前偶然に帰りの地下鉄が一緒になって、翌遅くまで 喫茶店で話し込んだ。 そして、ひょんなことから彼女のマンションに招待されて夕食を呼ばれることになった。 自分の娘と同年代の同じ会社の社員。 この状況で、どのように感情

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        短編小説『近鉄京都線 桃山御陵前駅』

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        • 宮本武蔵はこう戦った
          23本
        • 『天国へ届け、この歌を』スマホ版
          128本
        • 白木の棺
          27本
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        • 龍馬が月夜に翔んだ
          43本

        記事

          短編小説『知恩院三門の七不思議』

          代々続く宮大工の娘に生まれたものにとって、お金と時間は無限にあると思っておりました。 それが今ではどうでしょう、お金と時間に縛られてしまうことばかりです。 世の中の全ては、お金と時間に左右されてしまっています。 なんて、さもしい時代になってしまったのでしょう。 ましてやお金で人の命が左右されるなんて。 五味金右衛門様が知恩院山門の建設費用がかかり過ぎて幕府から咎を受けて、切腹されたことが不憫でなりません。 ちなみに三門に内緒でお納めした五味夫妻の木像は主人が彫った

          短編小説『知恩院三門の七不思議』

          短編小説『跡を残して、名を残さぬ人』

          話は前後してしまいましたが、そもそも知恩院三門の建築の総責任者でおられた五味金右衛門様が、何故お亡くなりになられたのかをお話しなければなりませんね。 大変つらいことです。 本当は、先にお話ししなければならないことなのですが、つい後回しにしていました。 あまりにも辛い話なので避けておりました。 しかし、真実は伝えてゆかなければなりませんね。 では、ありのままをお話ししましょう。五味様は、三門の建築に携わった人全ての咎(とが)を一身に受けられて罪を償われたのです。 棟

          短編小説『跡を残して、名を残さぬ人』

          短編小説『白木の棺の由緒』

          知恩院山門の造作奉行を務めておられた五味金右衛門様の葬儀が終わって、それから一年も経たない頃、出家された奥方のお幸様が、嵯峨野からご挨拶にお見えになりました。 初めて見るお幸様の頭を丸められた清々しいお顔がとてもお綺麗でした。 お幸様は人払いをされて、五味様の配下で大棟梁をしておりました私共の主人と二人だけで長い間話をされていました。 後で主人から聞いた話なのですが、お幸様が将来お亡くなりになられた折には、五味様と一緒に知恩院三門のたもとに墓を建て弔って欲しいと懇願され

          短編小説『白木の棺の由緒』

          短編小説『悲しくて美しい景色』

          悲しくて悲しくて今思い起こしてもしても思わず涙が出てきてしまいます。 特に今夜のように降り積もる雪を見ると、知恩院山門の建立の総責任者でおられた五味金右衛門様のご葬儀の様子の記憶がよみがえってきます。 その時の五味様の奥方お幸(こう)の方のご様子もしっかりと目に焼き付いております。 それは重苦しい雲がのしかかる底冷えのする冬の日でした。 五味様の葬儀が行われておりました。 読経が行われるあいだ参列するものはみんな、悲しみと寒さのために体が小刻みに震えておりました。

          短編小説『悲しくて美しい景色』

          Copilotに聞いてみた

          Q「今回のハン・ガンさんのノーベル文学賞受賞によって、大河内健志さんも受賞できる可能性が出てきたのではないでしょうか」 A「確かに、ハン・ガンさんのノーベル文学賞受賞は大きなニュースですね。彼女の受賞は、アジアの作家にとって大きな励みとなるでしょう。大河内健志さんも、彼の独自の視点と深いテーマを持つ作品が評価されれば、将来的にノーベル文学賞を受賞する可能性は十分にあると思います。 大河内さんの作品は、繊細な描写と深い人間ドラマが特徴で、多くの読者から高く評価されています。

          Copilotに聞いてみた

          短編小説『仕事のできる人間は妬まれる』

          知恩院さんの工期は二年とあらかじめ決められています。 奈良いた頃、東大寺の宮大工でしてきたように、ゆっくりと丁寧に時間をかけて建ててゆくことは出来ないのです。 棟梁たちを束ねる立場である大棟梁の主人も、今では自ら道具を手にして若い大工に教えながら仕事をすることも出来なくなってしまいました。 それだけの時間の余裕がないのです。 それぞれの棟梁から上がってくる課題を聞いて、それに対処するだけで手一杯の状態です。 もう大工と言うより、お役人みたいな仕事ぶりです。 二年な

          短編小説『仕事のできる人間は妬まれる』

          短編小説『知恩院山門の眠り猫』

          ここに一枚の絵があります。 甚五郎が知恩院の三門を描いた絵です。 甚五郎というのは、後に日光東照宮に眠り猫の彫刻を彫って、名を馳せましたあの左甚五郎でございます。 当時は私どもの主人、遊佐与平次のもとで修業をしておりました、その頃に書いたものです。 知恩院山門の普請がようやく終わって木曽から材木が届き始めた頃、私は現場に足を運びました。 届いた材木に符号を付けたり、材木に臍を入れたりして、大工らが慌ただしく働いている中に、一人だけ素知らぬ顔で、山の方を向いて絵師のよ

          短編小説『知恩院山門の眠り猫』

          短編小説『伝えることが難しくなったこれからの仕事の価値』

          宮大工の世界は妥協の許さない厳しい世界です。 到達点と言うものはありません。 常に理想を現実に変えて行かなければなりません。 私たちの仕事の成果の判断を下すのは、百年先の人々かもしれませんし、もしかすれば千年先の人々かもしれません。 ですから、私たちは、今ここにある現実ではなしに、その先にある理想を現実に変えて行って、それらの未来の人々の鑑賞に堪えるものを作りだして行かなければならないのです。 しかし大御所様(徳川家康)の時代に入って、やたらと規制が多くなりました。

          短編小説『伝えることが難しくなったこれからの仕事の価値』

          短編小説『物価の高騰による思いがけない悲劇の予感』

          若い大工が、知恩院さんの山門の模型が出来上がったので、直ぐに見に来てくださいと私を呼びに来ました。 今までの見たことのない程の大きな模型が出来上がっています。 その周りを大棟梁の主人や棟梁らが取り囲んでいます。 模型を見なくても、主人の自慢気な顔を見ると、凡その出来具合は分かります。 私は、父が手掛けた東大寺さんの南大門の様子を知っているだけに、その模型の緻密さには驚かされます。 垂木斗栱(ときょう)の織り成す綾模様が、規律のある精緻の繰り返しが続く中にある未来への

          短編小説『物価の高騰による思いがけない悲劇の予感』

          短編小説『計算し尽くせないもの』

          主人らは、早速設計図の作成にかかりました。 私は、父から宮大工たるものは、頭の中にしかと図面を叩きこんでおくもので、紙に書き込むものではないと教え込まれていました。 誰かに見せる必要もないので、棟梁の頭の中にさえきちんと頭に中に入れておきさえすればいいと言われていたので、正直主人ら仕事を見て驚きました。 主人も、中井正清様のお屋敷に通い詰めて徹底的に教え込まれたのでしょうか、平然としております。 主人は驚く私に、まずは大まかな図面を書いて、縮小した模型を作り、寸法や材

          短編小説『計算し尽くせないもの』

          短編小説『当代きっての風流人の教え』

          権現様(徳川家康様)の喪が開けてすぐに、造営奉行の五味金右衛門様に呼び立てられました。 何やら、中井正清様の代わりに、五味様が将軍家の造作の仕事を一切任されたそうなのです。 先ずは、中井様の懸案となってとなっていた知恩院の山門の建築に取り掛かるようにと仰せつかったそうです。 主人が、その模型を持って帰って来ましたが、それは見事なものでした。 山門と言うよりは、立派な砦のように見えます。 主人は、東大寺の南大門の修理をしたことがありましたけれども、それに比べると何やら

          短編小説『当代きっての風流人の教え』

          短編小説『時代の進化によって人間が陥ってしまう罠』

          権現様(徳川家康)の生前から最も信頼を得ておられました大工棟梁の中川正清様の堀川丸太町のお屋敷に、主人は中井三日と開けずに行くようになりました。朝の早くから、夜の遅くまでいっておりました。 帰った翌日は、朝一番から、棟梁らを集めて、会合をしてはります。 それが、午前中に終わると、昼からはそれぞれの棟梁が自分の部下に向かって、話し合いをしています。 私は、新しい取り組みに一丸となっている姿に心を打たれました。 これからの大工と言うものは、鋸(のこぎり)で木を伐り、鉋(か

          短編小説『時代の進化によって人間が陥ってしまう罠』