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moon

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記事一覧

「庇護」

「庇護」

今朝は、雨の音で起きた。一度は8時に起きたが、そのまま二度寝して、昼前にベッドから出た。雨の音が聞こえていたのは一度目に起きた時か、二度目に起きた時かは覚えていない。とにかく、今日は夕方からの用事があるから、少しでも寝ておきたかった。

雨は強かったはずだが、今では降っていない。でも、夜9時くらいにまた降るらしい。どうだろう。夏の雲は気分屋だから、どうだろう。目の前の、たたまれたビニール傘が「どう

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「蝉」

「蝉」

今日は夏だった
かなり夏だった
夕方、帰る頃
クリーム色の雲の波が
二十階のマンションに
襲いかかっていた
今日は夏だった 暑かった

セミがたくさん入った虫かご

びびびび!

と言う

セミたちがぶつかりあって
びびびびび!としばらく言って
静かになって
またなにかの振動を受けると
びびびびび!としばらく言う

こわい

セミがぶつかり合うの
こわい

死ぬんじゃないだろうか
こわい

セミは

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「ある町」

スズメが柵の上にとまっており、チョンチョンと両足で跳びながら餌を探している。

ここはファストフード店のテラス席である。

ふと、スズメはここでハンバーガーを食べる親子から、ちぎったパンくずをもらっているのだろうかと思う。

あー。そんなことをしていたら、ここはスズメが多く集まるようになってしまうだろう。そのうち、鳩も集まるようになって、この新しくできた店のテラス席は、あっという間に鳥たちのフンだ

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「蹴る足」

蹴られている女がいる。彼女は教室の椅子に座って、クラスメイトとトランプをしている。彼女らは椅子を適当に寄せ合っているのだが、ある女だけ、後ろから、机に座った男に蹴られている。やめてと言うと「は?お前誰?」と睨みつけられるので、女は1日に「やめて」を3回言ったらその後は諦めている。トランプ仲間も、慣れっこである。そんな日が続いている。

蹴られているといっても、足先で蹴られているわけではない。机の上

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「息」

気がつけば、女が膝に座り、俺の胸元に頭をもたれかけさせている。

女は自身が手に持つ携帯の画面を見ながら、他愛もない話を執拗に続けている。

眠い。昨日は3時間しか寝ていない。今日中に終わらせなければならない仕事もある。女は俺の相槌がないことに気づき「ねえ、聞いてる?」と言う。『ごめんね。ちょっと眠くて。それで、なんだっけ』と促すと、女は「もー。なんて言いたいか忘れちゃったじゃん」と屈託なく笑いな

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「Aという男」

Aという男がいる。この男は自分がお兄さんとは言えない年齢であることを自覚し始めている。そして、若い女というのがいつのまにか少しだけ苦手になっている。それについて考えることも特にないが、もしかすると別に、若い女は元々好きではなかったのかもしれない。Aにとっては、よく頷きよく笑う女は腹の底で何を考えているかわからず、声が大きい女は、なにかの隙をついて非難してくるような気がしてならない。とにかく若い女に

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「きらびやかなまち」

「きらびやかなまち」

地下鉄に乗れば、20分もかからずに大きな駅に行ける。便利なことだ。夜9時、あっという間に最寄駅に帰ってきた私は、さっきまで居たデパートの煌びやかな光景を懐かしく思う。ここでは平日、日中の用事が終わったあとに電車に乗ってもいいのだ。

百貨店にはなんでもあった。夕暮れをビルが隠し、駅と駅のあいだの道を車が走り、歩道橋には人が渦巻いていた。

知っている人はいなかった。オーバーサイズのTシャツとジーパ

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「蟻」

「蟻」

黒い紙で周りを包んだ瓶の中に
土と、アリを入れる。
紙を外すとアリの作った巣が見えるはず。

よくこれをやっていた
でも、女王アリがいないコミュニティでは
働きアリは土の表面でわちゃわちゃと徒に遊ぶだけで、働かないアリになる。

どうしたら巣を作ってくれるかな?
試すのが好きだった
失敗してもよかった
アリをまたたくさん捕まえてくれば
何回でもできるし
ていうか、失敗じゃない、これは
うまくいかな

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主体の所在

主体の所在

「ちょっと君、手が真っ赤だよ!寒いでしょう。こんなに冷えて。」
『ん?』
「ちょっと、しもやけになっちゃうんじゃないの?もう。今カイロ持ってないや、私の手でさするしかできないよ」
『いいよ大丈夫これくらい』
「いや絶対大丈夫じゃない!なんでこんなになるまで言わなかったの!もう、全然あったまらない」
『大丈夫大丈夫』
「大丈夫じゃない!鼻も耳も真っ赤じゃんか。寒いって言ってくれれば…」
『これくらい

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おなかで考えて

おなかで考えて

たとえばこんど
あなたがね
意地悪なことをいったとして

たとえば、そう

「君は僕にどうしてほしいの?」

なんてことをいったとしたら

私は「ずっと生きててほしいわ」
って言うって決めてるの

あなたは
「そんなことは無理だよ」
って笑うでしょうね

そうしたら私は
「じゃあ私より後に死んでほしいわ」
って言うわ

あなたはきっとそれも
「無理だよ」
なんて言うんでしょうね

それくらいしか言

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