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「蟻」



黒い紙で周りを包んだ瓶の中に
土と、アリを入れる。
紙を外すとアリの作った巣が見えるはず。

よくこれをやっていた
でも、女王アリがいないコミュニティでは
働きアリは土の表面でわちゃわちゃと徒に遊ぶだけで、働かないアリになる。


どうしたら巣を作ってくれるかな?
試すのが好きだった
失敗してもよかった
アリをまたたくさん捕まえてくれば
何回でもできるし
ていうか、失敗じゃない、これは
うまくいかない方法を見つけただけだから



虫を捕まえるのは好きだけど、
理由を考えたこともない。
たまたま生まれた場所に自然が多くて
その中で遊んでただけだし。


どんなことをして過ごしてたのか、よく覚えていない。その時やりたかったことのためにそこを離れて、たまたま入れた大学で、馴染みのあることをやって、近づいてくる人と関わってただけで





やりたかったことってなんだっけ






生活するためのことと
他者から求められることをやっただけ




気づくと、人の目から涙が出ていた
どうしたら笑わせてあげられるかな?
おどけてみせると人は笑って、よかった。




気づくと、人は怒っていた
どうしたら喜んでくれるかな?
「ごめん」って謝ると、もっとこわい顔になった。
どうすればいいかわかんなくて、
「どうすればいい?」って聞いた。
その人はこわい顔して、黙って鼻をすすって
「自分で考えてよ」って言った。
「がんばる」って言ったけど、その人は笑ってくれなかった。





なにを考えたらいいんだろう?
どうすれば目の前の人は幸せになるのかな?







顔が好きって嬉しそうにする人
嬉しい
面白いって笑ってくれる人
嬉しい
仕事が早くて助かるわーって言ってくれる人
嬉しい






やりたかったことってなんだっけ
どうすればそれが見つけられるんだっけ










日記を書いてみてって言われたので
日記を書くことにしたら
3日でしんどくてやめた。
日記を勧めてきた友達は、
「なんで日記がしんどいんだろう?面白いな」
と言った


ちょっと遠いラーメン屋で
ラーメンを食べた。
少食の友達と一緒だったから、自分のを並盛りにした。食べきれなさそう、と言ってきた友達に
「多分食べれんやろなって思って俺のを並盛りにした」
って、食べてあげたら 友達は
「え、なんでわかった? 唐揚げ食わんかったらよかったわ、でも美味かったもんなー」
と笑った


髪の毛を切った。
前髪を上げる髪型にセットした。
友達が
「切った?」
と言うので
「前髪ある方がいい?ない方がいい?」
って聞くと、友達は
「あーーーなんやろ、眉毛の印象かな?でも横からのシルエットと…」
とか言っていた。
結局どっちでもいいらしくて、参考にならなかったけど、僕のことを考えている友達が嬉しそうなのが嬉しかった。


授業が終わると、同じ学科の人にひきとめられた。なにか言いたそうだけど、言いにくそう。
わからないし、時間がかかると食堂が混みそうなので、ちゃんと言ってと言うと
「お昼一緒に食べたい」
と言われた。一緒に食堂に行って、注文する。
食堂に来たことがないらしい。
向かい合ってご飯を食べる。
同じ学科の人は
「食欲ないんだよなー」
と言って、カレーをつついてたのに
僕が唐揚げを食べているのを見て
「え、美味しそう!」
と言ったので、食べたことないのかなと思って一個あげた。その人は唐揚げを齧りながら
「なんでそんな優しい?唐揚げうまー」
とか言っていて、よかった。




「恥ずかしいって思うことある?」
と聞かれた。思いつかなかったので「ない!」
と言うと、「なんでやろなぁ」って笑ってた。よかった。


ある時
「自然を体現したような人間なんかもしれんな」
と言われたけど、よくわかんなかった。



ある時
「人間というより、神とか動物に近いのかな」
と言われたけど、よくわかんなかった。



「休日は何しとるの?」
て聞かれた。「寝てる」と言うと
「なんでやろなー」と笑ってて
なにがそんなに面白いのかわかんないけど、よかった。



アトラクションの待機列が長すぎた。
人間が嫌いだと言うと、横の友達は
「愚かだよな、人間はな」
と言っていた。よかった。

その友達は、群れる人を「愚者」
と呼んで、自分のことも「愚者」
と言っていて、面白かった。
「神様じゃないんやから、愚かなのは当然や」



アトラクションに乗ると、友達は
さっきまで並んでいた待機列を見下ろして
「愚者が並んどるわ」
とか言って笑っていて、よかった。



ある時、失敗した。
僕は目標を立てて、そこに歩いていくのが苦手らしい。まあでも、失敗しても、アリはたくさんいるから大丈夫。いてっ! 指に1匹のアリが噛みついて何か言っている。

「もっとわたしのこと考えてよ!」

アリってそんなこと考えてたのと思った。
まばたきしたら、アリじゃなくて人間だった。







久しぶりに友達に会った。
「あれ?なんかついとるよ」
と言われて、自分の服の汚れに気づいた。
恥ずかしかったので
「恥ずかしい」
と言うと、友達は
「珍しいな」
と驚いていた。





友達が撮った写真を見返して
「これ良くね?」
と言うと、友達は
「珍しいな」
と驚いていた。





僕がいないとダメになるアリは
かわいい
外にいるアリは
かわいそう
お世話することで
救ってあげようと思った
僕の役割はそれだった
愚かなアリを助けてあげる
どうすればこいつらは
巣を作って
幸せになれるかな





人間はアリと違ってかわいくない
僕がいないとダメになる人間は
うっとおしかった
僕の一挙一動に左右される愚かな人間
人間は嫌い
でも、愚かな人間は僕がいないとダメだから
お世話をして、救ってあげなきゃいけなかった


僕の周りの人間が


どうすれば楽になるかな
どうすればうまくいくかな
どうすれば幸せになれるかな




でも、みんなの神様でいるには
ちょっと限界がきていた


僕はどうすればよかったんだろう
目の前の人のためにやるべきことを
やっていたいだけなのに




友達に
「俺ってクズだ」
って言ったら
「そうだよ」
って言われて
「クズじゃないとでも思ってたのか」
と笑って
「まあ、自分のことをクズって意識してない多くの人間よりはマシやんか」
と言っていた
そのあと2人でシュークリームを食べた

友達は突然
「でも」
と口を開いて
「基本的に人間はクズだけど、クズじゃないところも知っとるよ」
と言った





ある時、僕が落としたパンくずに群がってきたアリを見て、友達は
「なんで君は虫捕まえるんが好きなんやろな」
と言った。
僕が、
持ち帰りたいから?
って答えたら、友達は
「持ち帰りたいのか…なるほど」
と言って
「人間って矛盾を孕んだ存在だよな」
ってパンにかぶりついてた




アリ
かわいそうなアリ
女王様がいないとダメなアリ
やることがわかんなくなって
死んでしまう愚かなアリ

他者の願いで働いていられれば楽だよな
他者の願いがなければ生きる意味も持てない
愚かなアリ




友達が台所にいる
なにか手伝えることはないかと見に行くと
たくさんの唐揚げが油の中で揚がっている
菜箸を持つ友達は
「人がおらんと揚げ物なんてせんよなー」
と言って
「ご飯バカ炊いたけど足りる?」
と笑って
「でもお酒飲むか、そんな炊かんでよかったな」
と眉をひそめて
「人が唐揚げ食べとると美味そうに見えるんよな」
と不思議そうにして
「片栗粉も入れたからサックサクやで、絶対」
とニコッとする


でも、こんなに食べきれないかも
って言うと
それなら明日またチンして
サンドイッチにしよ
と言う
でも、油の処理大変じゃない?
って言うと
なに、平気よこんなん
とニコっとする
ごめんね、僕のために
って言うと
正直私も食べたかったしな
って笑う
油熱くない?火傷しちゃう?
って言うと
熱いぞ
って蓋でガードする
僕のせい?
って聞くと
何が?
って言いながら唐揚げをひっくり返す
僕生きてていいかな?
って聞くと
しばらく
黙って
黙って
黙って
油の中の唐揚げを
菜箸でつつく

友達は
なんで生きてちゃいけないと思ったの?
と聞く
わかんなかったので
わかんない
と答えると

友達は
わかんないか…うーん
と呟いて

唐揚げを一個ずつ
油から引き上げて
火を切る

そして
人生の意味ってやつか
と言って
そんなデカいテーマ
と言って
一緒に考えたいな
と言って
一緒に考えたいな
ともう一回言って
一緒に考えてもいい?
と言った

友達の目が輝いているように
見えた

なんでそんなに嬉しそうなの?
と聞くと
愛おしいからな、人間としての君が
と言っていた


唐揚げはサクサクで
味が濃くて
美味しかった


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