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【短編小説】週3日投稿

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SF・ミステリー・コメディ・ホラー・恋愛・ファンタジー様々なジャンルの短編小説を週に3日(火〜木)執筆投稿しています。 全て5分以内で読めるので、気になるものあればご気軽に読んで…
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2024年5月の記事一覧

【短編】『ワーク・ライフ・バランス』(後編)

【短編】『ワーク・ライフ・バランス』(後編)

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ワーク・ライフ・バランス(後編)

「谷口です」

若い女性が名札を見せてきた。バイト応募の電話をした時に出た人だった。

「斎藤と言います。よろしくお願いします」

「よろしくお願いします。じゃあ、一個一個説明していきますね」

「はい」

「そこまで難しくないから軽くメモしておいてもらえば大丈夫です」

「わかりました」

「まず注文が入ったら、こちらのパネルに牛丼のメニューの

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【短編】『ワーク・ライフ・バランス』(中編)

【短編】『ワーク・ライフ・バランス』(中編)

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ワーク・ライフ・バランス(中編)

 ちょうドアの設置部分に背中が押されて少しだけ前屈みになった。

「おい、何やってんだ。シフトの時間だろうが」

中年の後頭部の髪がやや薄くなった男が立っていた。牛丼屋の制服を身につけているからにこの店の店員に間違いなかった。僕は反射的に何かを口走っていた。

「すみません」

「あと一分だけだぞ?そしたらすぐ戻って来い」

「わかりました」

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【短編】『ワーク・ライフ・バランス』(前編)

【短編】『ワーク・ライフ・バランス』(前編)

ワーク・ライフ・バランス(前編)

 いつも家から駅へと向かう途中、ちょうど車通りの多い道路の前で赤信号を待っていると向かい側にポツンと佇む牛丼屋に目がいく。有名チェーンの一店舗で二十四時間営業だ。外壁はレンガのようなコンクリートで敷き詰められており、屋根は黒い。店の上部には――まるで小学校の算数の問題に出てくるマッチ棒を組み合わせて作った家みたく――鉄骨を数本組み合わせて簡易的な塔が建てられてい

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【短編】『サルバドールの発明』(後編)

【短編】『サルバドールの発明』(後編)

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サルバドールの発明(後編)

 家に帰ってもなかなか寝付けなかった。ダイナーで注文したアイスコーヒーのせいだ。かといって小説を書く気にもならなかった。あの背の高い若者が破ったナプキンの内容は頭に残っていたが、一度捨てたアイデアを甦らせることは良くないのだ。――捨てたと言うより捨てられたと言ったほうが正しいが。これは私の決め事だった。

 AMラジオをつけて、しばらく機械から流れ

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【短編】『サルバドールの発明』(中編)

【短編】『サルバドールの発明』(中編)

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サルバドールの発明(中編)

 目を開けるとマグカップは床に落ちていた。(実験失敗)

 寝ているうちに日が沈んでしまったことにどこかもの寂しさを覚えながら、ふとここ数日一度も外に出ていないことに気がついた。突然、外の空気を吸いたいという衝動に駆られた。こんな狭い家の中にこもっていては、それこそ創作意欲を妨げる大きな要因になりかねない。いくらサルバドール・ダリの言う通りにしたと

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【短編】『サルバドールの発明』(前編)

【短編】『サルバドールの発明』(前編)

サルバドールの発明(前編)

 椅子に座ったまま片手に一定の重さを感じる物を持って目を閉じる。なんでもいいリンゴでも、マグカップでも、野球ボールでも。そして眠りにつく。眠っている間は、現実と夢を同時並行でゆるやかに認識し、奇妙な連想が働き始める。眠りが深くなる寸前、脳から体に出された司令は突如として効力を失い、手は握っているものを離してそれを落としてしまう。しかしその反動で、物を落とさないように掴

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【短編】『忘れられた思い出』

【短編】『忘れられた思い出』

※『夏の思い出』の続編です。

忘れられた思い出

 僕はテーブルに置かれた空の缶ビールをどけて、A4のレポート用紙と筆ペンを置いた。しばらく宙を眺めてから突然体を丸めて筆を走らせた。

「隣の部屋に住む杉本と申します。先日はハンカチを落とした際に拾ってくださりどうもありがとうございました。心ばかりですが、こちら地元和歌山の和菓子になります。どうぞ召し上がってください」

一度それを書いてから再び

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