見出し画像

本と目薬


「あー、疲れた」

そう言って机の上の目薬を手にする彩未。
目の前には大量の本。

「まだ読めるけどなぁ」

時計を見るともう深夜2時を回っていて、
明日の朝も早いのにな、とため息をつく。

「さすがに、寝るか」

愛してやまないベッドに横になり
癒しのホットアイマスクをして目を閉じる。

今日読んだ本、どれが1番面白かったっけ。

彩未は頭の中でストーリーを整理する。

彩未にとって、この時間は至福の時。
社会のしがらみから逃れ、自分の好きな世界に飛び込めるこの静かな夜が、毎日のストレス解消になるらしい。

……やっぱりあれか。あの1つののり弁を巡って電車内でバトルになる、雨谷さん作の
「抱きしめてのり弁」

彩未の頭の中にのり弁が1つ浮かんだ。

前半から展開が良かったもんなぁ
大体、電車内でののり弁の香りは食欲しかそそらん。

彩未の頭の中ののり弁が増える。

でものり弁って色々な種類があるんだなぁ
まぁお店によってのり弁の解釈って違うもんな
今度会社の前ののり弁買ってみようかな
チェーン店ののり弁とは違うだろうし
海苔の大きさかな?具かな?
何が違うんだろう。
まぁだからあんなバトルが起きたわけだし、
登場人物の気持ちわかる気がする。

彩未の頭の中はのり弁でいっぱいになる。

いけない、このままじゃ寝れなくなる。
せっかく買った高い目薬を無駄にしちゃう。

頭の中ののり弁を1つずつ食して消す彩未。

目薬か、目薬が出てきた本もあったな。
中村先生の「目の下に雨降りて」。
目薬を使って女の人を騙す男の人を描くなんて秀逸だった。
涙は女の武器ではなく男の盾である
あのオチに持ってくには相応しい序破急。
起承転結というより序破急だった。

彩未の頭の中に目薬が浮かぶ。

でも彼が使った目薬はなんの目薬だったのかな。
クールだと多分清涼感出ちゃって、泣きに集中出来ないだろうし、
恐らく目がいい描写があったから、コンタクト用ではないだろうし。

目薬が増えていく彩未の脳内。

「いや、もうだから」

思わず声を出して脳内の目薬を消す彩未。
アイマスクを外しパチッと目を開ける。

「この目薬高いのに、無駄になっちゃうと困るんだって」

彩未はパッケージを見る。
有効成分が沢山書いてあるが、よく分からない。

なんで今日はこんなに考える本だけを読んじゃったのかな。失敗した。
ちょっとイレギュラーなところに手を出したもんな。のり弁の話と男の笑える浮気劇の話なんて。

彩未は目を閉じて、アイマスクを付け直す。

「あ」

彩未はまた起きて、アイマスクを外す。
目薬を手に取って、パッケージを見る。

「私さっき、目薬さしてなくない?」

早く寝なきゃって言うことよりも本の内容に意識が行き過ぎてて、忘れてた。

「また、やっちゃった」

じゃあこの時間無駄じゃないな。

「…寝れそうな本、もう1冊だけ読もう」

彩未は大量の本の中から、てきとうに1冊の本を手にする。

鍵本ユウイチ作「おいでコアラのマーチ」。

夜は、更けていく。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?