もとなり

文学・芸術・コーヒーが好きです。 DTMの勉強もしています。

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最近の記事

音楽

 女は終始俯き加減で話を聞いていた。大きな眼は伏しがちで、焦点は定まらず虚空を見つめ、アイラインやチークは顔に馴染まないまま、感情とは分離され、宙に漂っているようだった。 「疲れたの?」「うん。」 女は注文したケーキを苦しそうに口に運びながら答えた。 ケーキのひとかけを口に運び終えると、カチャと音をさせながらフォークを白磁の器に戻す。 女と男以外に客はいない。 薄暗く、黒寄りのダークブラウンで統一された家具が配され、窓際の白いレースからは微かに光が漏れ、空間は静けさで満ちて

    • なぜ日本人が、黒塗りメイクをして黒人奴隷を演じてはいけないのか

      先日、「オペラ東京」という知人が出演しているオペラの舞台を鑑賞した。モーツァルト作曲の「魔笛」だ。初演は1791年、オーストリアの劇場らしい。  僕自身はオペラに詳しくなく、音楽的なことはさしてわからないのだが、演者の歌は素晴らしかった(特に、ザラストロとパミーナ)。  が、しかしである。演出上のある表現がノイズとなり、感動が半減してしまったように思う。その表現とは、本稿タイトルの通り、モノタストスという黒人奴隷役の演者が、顔や腕などの皮膚を黒塗りメイクをして演じていたこと

      • ゲルハルト・リヒター

        「信仰」などの人智を超えた概念を視覚化すると、眼前の世界になるのだろうか。 昨年の夏、リヒターの作品を前にして僕はこのようなことを思った。  リヒターの抽象画を言葉で説明することはできない。意味の範疇を超えた存在だから。説明できるとすれば、それら作品がいかに人間の認識や意味づけを超えているかということだけだ。  リヒターは、抽象画制作において、絵の具をキャンパスになすりつけるときや、ヘラで塗った絵の具を削り取るときに、一定の法則のもとにそれを行う。  しかし、製作段階の途

        • COMICO ART MUSEUM~③杉本博司、村上隆、奈良美智~

          1 ギャラリー4 海景シリーズ 杉本博司  ギャラリー3でタイム・ウォーターフォールを鑑賞した後、別棟の2階に上がると杉本博司の海景シリーズの写真が空間の三方に展示されていた。また、展示室の残りの一方には球体の光学ガラスが設置されており、そのガラスを覗くと、展示室内の海景シリーズの作品が反射されていた。  ここで作り手が表現したいものは、おそらく、江の浦測候所のそれと同じであろう。それは、太古から人間が見ていた景色である海景を多視点的に鑑賞することで、人間と海、そして自然や

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        • エッセイ・ショートショート
          2本
        • 芸術エッセイ
          7本
        • 書評エッセイ
          4本

        記事

          COMICO ART MUSEUM~②宮島達夫「タイム・ウォーターフォール~

          1 配色と水への違和感  ギャラリー1、2の草間彌生の展示空間を出て、順路の案内に従い、棟の外に出る。すると、進行方向の先から、微かに水の流れる音が聞こえる。歩みを進めると、湯布院市内の水路が控えめに目の前を横切っている。  その水路の上に架けられた小さな橋を渡ると、美術館の次の棟の入り口に辿り着く。その棟の玄関周辺はまたしても黒色の石の上に水が張られており、棟の外観と同じ色で統一されている。 一方で、通路の部分はより薄い灰色で統一されていて、そこでは通路とそれ以外の空間が

          COMICO ART MUSEUM~②宮島達夫「タイム・ウォーターフォール~

          COMICO ART MUSEUM〜①草間彌生〜

          1 美術館について  湯布院の観光客用の猥雑な通りから一歩横路に入ると、ほぼ黒一色の外観の建築物が現れた。観光地特有のけばけばしい建物を横目に歩いてきた身からすると、装飾性なく黒で統一された物体はむしろ刺激が強く、目がチカチカしてしまう。    COMICO ART MUSEUM は隈研吾が建築した美術館である。筆者は、建築については入門レベルを絶賛勉強中であり、詳しいことはわからないが、本建築の軒やその下の通路のあたりなど、どこか根津美術館を思わせる造りになっている。

          COMICO ART MUSEUM〜①草間彌生〜

          知らない街のマクドナルド

           午前10時。身支度を済ませ、車に乗り込む。目的地の沖縄県うるま市石川は、今自分が住んでいる街から、車で40分程の距離の街だ。  車の中は掃除が行き届いておらず、埃が舞っているが窓を開けて車を数分走らせると、気にならなくなる。メーターを視認して、まだ半分以上ガソリンが残っていることを確認し、今日の走行距離ならガソリンを補充しなくてもいいと判断する。スピーカーからは、取り立てて聞きたい訳でもないFMラジオが流れてくる。  地方の国道、県道の景色は大体同じだ。見慣れたコンクリー

          知らない街のマクドナルド

          斎場御嶽〜琉球の信仰を通じて感じられる人類の信仰〜

           夏の沖縄の日差しは、太く鋭い。身の危険を感じるほどだ。  それにも関わらず、空気は若干の湿気を含み、頬を伝う風には重みがある。僕は、沖縄特有の気候を文字通り肌で感じている。  沖縄に来て4年が経とうとしている。地縁もなければ、それまでに観光で訪れたこともなかったが、漠然と「今までもこれからも行きそうにない場所で生活をしてみたい」という感覚が僕を沖縄に連れてきた。  そんな中、最近久しぶりに訪れた斎場御嶽について、備忘録も兼ねて感じたこと、考えたことを言葉にしていこうと思う

          斎場御嶽〜琉球の信仰を通じて感じられる人類の信仰〜

          江ノ浦測候所 杉本博司

          概説  最寄駅の根府川駅ではタクシーが停車していないとの友人の助言により、隣駅の真鶴駅で下車することにした。真鶴駅は小さく、明らかに街の中心機能を担っていないにもかかわらず、友人の助言通り、駅の玄関口にはタクシーが乗客を待っていた。  江の浦測候所へ向かうのはこれが初めてである。いや、それどころか杉本博司の作品をしっかりと鑑賞することもこれが初めてである。  建築に疎く、杉本博司の作品や思想を追ったこともない僕が得ていた測候所の予備知識は、冬至と夏至の日の入りを直線上に拝む

          江ノ浦測候所 杉本博司

          『夢の浮橋』と谷崎の嘘

           谷崎潤一郎の『夢の浮橋』を読んだ。  読後感。シンプルに気持ち悪い。そしてやっぱり谷崎は素晴らしい。 第1 雑感  小説の冒頭部分、作者は、読者を騙そうという明確な意図を持ち、語り手の幼少期を牧歌的に描写している。  幼い頃の実母との思い出、日本家屋と庭園の精緻な描写、おまけに日本家屋の柔らかい挿絵がところどころに登場する。殊に、庭の添水の描写は、長閑で美しい幼少期の記憶の象徴であるかのように、読者に思わせる。  これら描写のせいで、読者は物語の前半では、この物語が『母

          『夢の浮橋』と谷崎の嘘

          『もしも雪が赤だったら』 エリック・バテュ

           この本のタイトルは、僕に購入を即決させるには十分すぎる程のイメージの奥行きを持っていた。  今から4年程前の夏の頃である。  地元の大分県に帰省中、友達との待ち合わせ時間までの残り15分程をクーラーの効いた空間で過ごそうと、「カモシカ書店」に立ち寄った。店の前に到着すると、屋外の古本コーナーには足を止めず、階段を登り2階の店内へと向かう。扉を開けると、クーラーでよく冷えた室内の空気が頬に向かって流れ込み、僕は夏を感じる。 『もしも雪が赤だったら』  軽い気持ちで店内を

          『もしも雪が赤だったら』 エリック・バテュ

          光明院 波心庭の美しさについて

           ハリボテ状の細かい棒で形作られたほぼ球体のパズルをイメージしてみる。この細かい棒のどれか一つを取ってしまえば、球体はバランスを保つことができなくなり、ボロボロと崩れ、形あるものは全て消えていく。  仏教の「縁起」や「空」の思想に対して、僕はこのようなイメージを抱いている。  僕が光明院を訪れたのは、社会人3年目が終わりに差し掛かっていた2021年の秋。社会の中で生きていくという現実に足掻き苦しみ、気づけば仏教・禅の思想に触れたいと思う機会が多くなっていた時期だった。  

          光明院 波心庭の美しさについて

          「愛の物語」『トーベ・ヤンソン短編集』

           僕がムーミンシリーズ以外のトーベ・ヤンソンの小説を読むようになったのは、『ムーミン谷の仲間たち』に収録されている「春のしらべ」「この世のおわりにおびえるフィリフヨンカ」を読んだことがきっかけだった。  ムーミンシリーズは、第一作品の『ムーミン谷の彗星』の時から既に児童文学の枠を超えた禍々しさを孕んでいた。そして、後期になるとその特徴は顕著なものとなる。  上述の「春のしらべ」では、人が詩を生みだす衝動が表現されている。そして、「この世のおわりにおびえるフィリフヨンカ」では、

          「愛の物語」『トーベ・ヤンソン短編集』

          『コーヒーと恋愛』獅子文六

           ここ数年、ジュンク堂のちくま文庫のコーナーに行くたびに、僕の視界に必ずと言っていいほど入ってきていた小説をついに読んでみた。  正直にいうと、作者の獅子文六さんについての情報は何も知らなかったし『コーヒーと恋愛』という小説のタイトルだけを見ると何か甘ったる恋愛小説なのではないかという不安を拭えず、今まで読むことがなかった。  が、しかし、ちくま文庫が発行しているエンタメ小説(三島由紀夫の『命売ります』など)をいくつか読んでみたが、面白いものが多かったこともあって、今回つ

          『コーヒーと恋愛』獅子文六