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書評エッセイ

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『夢の浮橋』と谷崎の嘘

『夢の浮橋』と谷崎の嘘

 谷崎潤一郎の『夢の浮橋』を読んだ。
 読後感。シンプルに気持ち悪い。そしてやっぱり谷崎は素晴らしい。

第1 雑感

 小説の冒頭部分、作者は、読者を騙そうという明確な意図を持ち、語り手の幼少期を牧歌的に描写している。
 幼い頃の実母との思い出、日本家屋と庭園の精緻な描写、おまけに日本家屋の柔らかい挿絵がところどころに登場する。殊に、庭の添水の描写は、長閑で美しい幼少期の記憶の象徴であるかのよう

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『もしも雪が赤だったら』 エリック・バテュ

『もしも雪が赤だったら』 エリック・バテュ

 この本のタイトルは、僕に購入を即決させるには十分すぎる程のイメージの奥行きを持っていた。

 今から4年程前の夏の頃である。
 地元の大分県に帰省中、友達との待ち合わせ時間までの残り15分程をクーラーの効いた空間で過ごそうと、「カモシカ書店」に立ち寄った。店の前に到着すると、屋外の古本コーナーには足を止めず、階段を登り2階の店内へと向かう。扉を開けると、クーラーでよく冷えた室内の空気が頬に向かっ

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「愛の物語」『トーベ・ヤンソン短編集』

「愛の物語」『トーベ・ヤンソン短編集』

 僕がムーミンシリーズ以外のトーベ・ヤンソンの小説を読むようになったのは、『ムーミン谷の仲間たち』に収録されている「春のしらべ」「この世のおわりにおびえるフィリフヨンカ」を読んだことがきっかけだった。
 ムーミンシリーズは、第一作品の『ムーミン谷の彗星』の時から既に児童文学の枠を超えた禍々しさを孕んでいた。そして、後期になるとその特徴は顕著なものとなる。
 上述の「春のしらべ」では、人が詩を生みだ

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『コーヒーと恋愛』獅子文六

『コーヒーと恋愛』獅子文六

 ここ数年、ジュンク堂のちくま文庫のコーナーに行くたびに、僕の視界に必ずと言っていいほど入ってきていた小説をついに読んでみた。

 正直にいうと、作者の獅子文六さんについての情報は何も知らなかったし『コーヒーと恋愛』という小説のタイトルだけを見ると何か甘ったる恋愛小説なのではないかという不安を拭えず、今まで読むことがなかった。

 が、しかし、ちくま文庫が発行しているエンタメ小説(三島由紀夫の『命

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