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近江結衣
2023年5月9日 19:47
プロローグ この世にある、きらきらしたもの。 風花はきらきらを見るのが好きだ。 悲しいことが多い世の中だから、光を見たい。それは風花の願いだ。 春の川原で、風花は彼に出逢った。 彼、……夏澄のきらきらは、風花の心をいっぱいにした。 透きとおって、薄水色に広がる川面。その水辺に立つ夏澄。 きらきら澄んだ瞳で、周りを優しく見つめていた。 なぜかとてもふしぎな風景だった。
2023年5月10日 18:46
根元から見る桜色の花びら。 その向こうの青空。川原で揺れる水面。跳ねあがった水しぶきを留める青葉。 この世はきらきらであふれている。きらきらを見れば、心が救われる。 この世の中は悲しいことはかりだ。 その悲しさがなくなることはない。だからこそ、光を見ていたい。 風花は耳を澄ませて、川の流れの水音を聞く。水音もきらめいていた。 風花は長い間、ひたすらきらきらを感じた。気がつ
2023年5月11日 18:10
なんて、きれいなんだろう。 風花はまっすぐに想った。 枝に隠れてよく見えないが、彼は西洋の神話のような白い服を着ている。 その周りはきらきら輝いていた。舞いあがる水が、彼を包むように踊っているのだ。 まるで、護っているようだった。 ふしぎなふしぎな風景だ。……そして、そばにいるだけで浄められる気がした。 泉のような色をした澄んだ瞳。うれしげに水面を見つめる表情。 流れ
2023年5月12日 18:39
「おい、お前っ!」 ふいに背後で声がした。 ぱん、と、風花は現実にもどされる。 鋭い瞳の男子が仁王立ちしていた。 きらきらしていた風景が、いきなり変わる。風花は呆けてしまった。「お前、いい加減にしろよっ。何度も何度も夏澄の周り、徘徊しやがって!」 夏澄……。あの精霊さんのこと?「七回目だそ、七回目っ。なんで何度もオレたちの前に現れるんだよ」 風花はもう一度精霊を見た。
2023年5月13日 18:27
「落ち着いて、飛雨。どうせ、すぐに後悔するんだから」 彼女も精霊? 少女は高校生くらいだった。 腰まである長い金の髪に、海のような深い青の瞳。大人びた雰囲気。 風が吹くと、髪がやわらかくなびく。衣と一緒にさらさら揺れた。 彼女も夏澄と同じで、なにか浄らかなふしぎさがあった。「ごめんなさいね、風花」「なんで、わたしの名前……」「私たち、本当に何度も会っているのよ。私はス
2023年5月14日 18:41
「あの、聞いてもいいですか?」 風花は恐る恐る切り出した。七回など、どうしても信じられない。「ねえ、飛雨くん。そんなにいつ、どこで。……あれ?」 隣にいたはずの飛雨がいなくなっていた。 あたりを見まわすと、十メートルくらい離れた川岸に寝転がり、川面を見つめている。「……」「ほっといてあげて」 スーフィアは弟を見るような瞳をした。「あれは瞑想。ああやって懺悔しているの
2023年5月15日 19:05
日が落ち始めていた。 昼のきらきら踊る光が、小さくなっていく。 スーフィアの言葉を、風花はじっと聞いていた。夏澄と風花が初めて逢ってから今日までのことを教えてくれている。 初めて逢ったのは、この川原。 今日と同じで風花は学校帰りだった。半年前のことだ。 それから、この町で一番大きな森の中の池。となりの市の湧水群、山近くの公園の小川。 夏澄が行く水辺には、風花も大抵来た。
2023年5月16日 18:40
確かに風花は水辺が好きだ。 学校帰りに通るこの川原、愛犬の散歩で行く池のある公園。この辺りで一番澄んだ水が湧く湧水群も、たまに行く。 そこに本当に夏澄くんがいたの……? やっぱりあんな風に優しく、水面を見ていたの? 想像すると、どきっとした。 遠くに立つ夏澄を見ると、体がふわふわ浮かぶように気が昂ぶる。 わたし、今本当に精霊と一緒にいるんだ。 風花はひざを抱え、夏澄
2023年5月17日 18:51
こうやって彼らの隣にいるだけで、風花の心まで澄んでいくようだった。 ゆらゆら心が揺れる。「ねえ、スーフィアさん!」 風花はくるっとスーフィアに向きなおった。「初めて逢った時のこと、もっと教えてっ」 訊いたとき、スーフィアは、風花に半分背を向けていた。 川下の夏澄を心配気に見つめている。「ごめんね、風花。ちょっとよそ見……。あのときは……、あっ、なんか今日とそっくりだっ
2023年5月18日 07:52
海の精霊のスーフィアは、静かにため息をつく。 風花の言葉を少し寂しく思った。 風花の記憶を消したのは自分たちだ。 それでも、そのことを寂しいと思ってしまう。 風花は忘れていても、スーフィアは彼女と何度も会っている。その分、親しみがある。 風花とはいろいろな話をした。 お互いに好きな海の話で盛り上がったこともあった。 風花は純粋な子だ。 人らしい無邪気さも好ましいと思
2023年5月18日 18:52
いきなり目の前に立った飛雨に、風花は心底驚いた。 飛雨は軽く視線を逸らし、小さな声でいう。「本当に記憶を消していい? 風花」 ひどく、いいにくそうにつぶやく。さっきと真逆で優しげな口調だ。「ごめんな、ひどいことして。でも必要なことなんだ。人の世界には想像もできないような、その……、奸賊がいてさ。もし、夏澄のことが人の世界に伝わって、そういう人間に知られたら、夏澄の命が危なくなるんだ
2023年5月19日 18:26
目を閉じると、浮かぶのは青い光に包まれていた夏澄だった。 ダイヤモンドダストのような、ふしぎな水蒸気の中の彼はまぶしかった。 ……忘れちゃうんだな。 奇跡みたいだったのに。 それとも、また逢えるかな。……そんなにうまく行くはずない。きっと二度と逢えない。「あの、やっぱり待ってくれない?」 飛雨はぴたっと手を止めた。「なんていった?」「だから、記憶消すのやめたい。せめて
2023年5月20日 18:16
「こ、の、や、ろー!」「……だ、だ、だって、まだ心の準備ができてないんだもん。せめて、あと三十分くらい」 風花は後ずさる。 川原の桜の方に駆けていって、幹に隠れた。「無理っ。オレ帰るんだ!」 飛雨はまた、一瞬で風花の隣に立つ。風のように速く走るのだ。 風花は幹の反対側に回った。「お願い、飛雨くん。お願いしますっ。もうちょっとだけ!」「うるせっ」 飛雨は風花を追いかけ、
2023年5月20日 21:19
「お、おい、夏澄」 飛雨が声をうわずらせる。「出てきたらだめだよ」「ごめん。でも……」 夏澄は風花の体を起こし、幹に寄りかかるようにすわらせた。 擦りむけた風花のひざに手をかざす。すると、なぜか痛みが引いていき、傷も消えていた。 夏澄はほっとしたように肩の力を抜く。春のように優しく微笑んだ。「今のは癒しの霊力だよ。初めまして……、でいいかな? 風花」 近くで見ると、青