創作SS『七月へと架ける橋』#シロクマ文芸部
紫陽花を撫でるように、しとしと降る雨音。六月三十日、誰もいない昼下がり、そっと瞳を閉じる。同じ空の下から、あの懐かしい家へ届けて頂戴。
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いつまでたっても、どんなに背伸びしても、完璧なお母さんには敵わない。でも競争はしなくていい、真似もしなくていい。私はわたし、の町で、ちょうどいい歩幅を見つけた。
春や夏には庭で栽培したハーブを摘んで、美味しい手料理をつくる。育ち盛りのこどもたちは賑やかな悪戯をやらかしてくれる。毎日、バタバタと忙しいけれど、この暮らしも悪くはないと思えるようになってきた。そしてそんな私たちを見守ってくれているのは、旦那様。あたたかい血液の確かな足取りが聴こえる。あたたかい血液の確かな温度を感じる。
丁寧にとった出汁は、芯からじんわり温まる。さあ、今日も野菜たっぷりの具沢山ポトフをことこと煮込んでおこう。伝えていきたい習慣、伝えていきたい料理、伝えていきたい時間。台所における民主主義。男子どんどん厨房に入りなさい。
かつて私がお母さんの周りに引っ付いていたように、今は私が子供に引っ付かれている。微笑。くすぐったくて、困ったように笑う私とはしゃぐ七色の表情の子供たち。いつか子供たちも台所に立つようになるのかしら。
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(お母さん、お元気ですか?
私は相変わらずですが、何とか元気にやっています)
万年筆を置いて、窓の外を見る。雲の隙間から、天使の階段が降りてくる。陽射しがこぼれだす。雨上がり、紫陽花が涙のような水滴を拭う。
子供たちと旦那様が帰宅した。
『ママー、ただいまー!』
『ママー、晴れてきたよー!』
『ママー、お出かけしよーよー!』
『おかえりなさい、わたしの天使たち』
旦那様は最後に家に入ってきて、微笑みながら扉を閉めた。それから新聞を手に取って、ソファにゆったりと沈んでゆく。
灰色の空はだんだんと明るくなって、明日の方向へと架かった虹が輝きだしていた。
photo:見出し画像(みんなのフォトギャラリーより、mさん)
photo2:Unsplash
design:未来の味蕾
word&story:未来の味蕾
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