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創作SS『秋色カレーライス』#シロクマ文芸部

 木の実と葉があちこちに落ちている散歩道。さく、さく、マロンミルフィーユをナイフで切断してゆくように、秋だまりに足を踏み入れてゆく。風がアスファルトを掃除してくれている。

 残暑が厳しかった今年の秋。雨上がり。急に温度が下がって、肌寒くなった。秋風らしいかぜが吹いて、肌の表面をさささっと舐めてゆく。そろそろ長袖の季節。帰り道を急ぐ。

 郊外のベッドタウン。家々の晩ごはんの匂いがあちらこちらから流れてくる。

『今日は残業だったし、時間も遅いし、晩ごはんは何にしようかしら……』

 結婚して三年目の真琴はそう呟いて、鼻に感覚を集中させた。

 その時、カレーライスの匂いが漂ってきて、晩ごはんの献立がスロットのように回り始めた。チーン、ゾロ目。秋の茸たっぷりカレーライスに決定。薄暗がりの銀杏並木のダークイエローがカレーを想起させる。口はもう完全にカレーライスの口だ。

『落ち葉に隠れている木の実みたいに茸を入れて、ぐつぐつ煮こもう!』

 ヒールをカッカッ、と鳴らして、真琴はマンションの玄関を勢いよく開けた。

 明かりが点いている。三つ年上の夫の翔が先に帰宅していた。真琴は台所から匂ってくるスパイスの香りに誘われる本能を制止した。

『スパイスカレーと来たか!やられた……』
『しかも秋の茸たっぷりスパイスカレー!』
『嗚呼、今日は私の完敗ね。ありがとう』
『さあ、早く着替えておいで。冷めないうちに食べよう』
『はーい』

 鼻のアンテナを張りめぐらせながら、真琴は翔のスパイスカレーを帰宅前から感知していたのかもしれないと思った。

 今夜の木の実みたいな茸は、よく煮こまれていた。翔のスパイスカレーに浮き沈みしている茸は、私なのかもね、と真琴はエリンギを噛みしめていた。

『月が綺麗だね』

photo:見出し画像(みんなのフォトギャラリーより、つくしさん)

#シロクマ文芸部
#木の実と葉

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