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お風呂の片隅で「めんどくさい」と叫ぶ

 風呂に入るのが嫌いだ。

 暑い時期は熱い湯船に浸かりたくないし、冬はお風呂に浸かるまでがきついから。

 少し前までは、乾布摩擦のつもりで体をゴシゴシしながら体を洗っていた。けれど、それでは頭と顔は寒いままである。顔をゴシゴシ洗うと、摩擦で肌が傷みそう。冬に頭を先に洗うと、今度は体を洗う時に頭部がヒヤッとする。

「寒いのが嫌なら、シャワーを掛けっぱなしにすればいいじゃない」

 私の中のマリーアントワネットが、耳元で囁く。奥の方から、「シャワーを出しっぱなしにしたら、もったいないじゃないか!」と叫ぶ夫の声がする。

 勝者は、現実に存在する夫だ。私は躊躇うことなく、蛇口を締める。その途端、私の中のマリーは何も言わずにすうっと消えていく。

 今の家には、お風呂専用の暖房がついているが、その暖房費が割高なため、気楽に使えない。お風呂の暖房をガンガンに使った時期もあったが、その頃の電気代明細を見て眩暈がした。

 お金があれば、暖房代を気にせず使えるだろう。その考えは、甘かった。

 昔から、余計なことにお金を使いたくない子どもだった。スーパーで懸賞のチラシを見つけてはゲットし、お小遣いは「本当に欲しいもの」にしか使わない。父が大手に再就職するまで、裕福ではなかったからだ。

 根っから染み付いたケチ臭さは、体をゴシゴシ洗っても取れやしない。お金が貯まりかけたところで、今度は預金通帳が減っていくのが怖くなった。

 ところが、娘だけは別待遇。ひもじい思いをさせると、成人後もその名残が続くのを痛いほど理解している。娘には、せめて彼女が辛い思いをさせない程度に投資したい。

 娘がブルっと震えていたら、必ず浴室暖房を使う。我が家の姫に、風邪を引かせてはいけない。姫がお風呂から出たら、サッと暖房のスイッチを消す。私たち夫婦の入浴タイムは、省エネでいいのだ。

 自分を後回しにし続けた呪いだろうか。いつの頃からか、私はお風呂で体を洗わなくなった。そうは言っても、一応シャワーで身体の汚れは流してから入るけれども。でも本当に面倒な時は、それすらしないかもしれない。

 奥から「せめて、シャワーくらい流してよ!」と言う声が漏れる。「ごめん、流すわ」といって、慌ててカラスの行水みたいにシャワーをかける。一度その時間を省いたら、最後。石鹸を泡立てて、体を洗う時間が、もう耐えられない。

 あれは10年以上前のこと。私は、目くじらを立てて必死に婚活をしていた。少しでもいい条件の、素敵なメンズを捕まえたい。そのためには、私もいい女にならなければ。当時の私は、まだ女を捨てていなかった。

 ロクシタン、サボン。いい香りのするボディーソープを泡立て、花の香りを身に纏う。入浴剤はバスロマンとバブ、特別な日の前日はLUSHでテンションアップ。いい香りに包まれていると、女子力がアップしたような気持ちになるから好き。

 結婚、出産を経た頃からだろうか。女子力云々よりも、子どもを早く風呂に入れて、体を拭いてあげたい。やがてその想いが「体を洗う時間が面倒臭い」へと移り変わってゆく。

 髪を洗えば、乾かすのに時間もかかる。ドライヤーを当てている間に、娘が「ウギャーーー」と泣く。半渇きの髪を振り乱し、泣き喚く娘をそっと抱きしめながらそっと呟く。

「髪を洗うの、今度はいつにしようか」

 いつの頃からか、自分を後回しにするようになった。女子力どうこうよりも、効率化を求めてしまう私。

 婚活をしていた頃は、まさか自分がこんな風になるなんて思いもしなかった。恋をして、ファッション雑誌を読み耽っていた頃は、もっと丁寧に生きられると思っていたのに。

 風呂で体を洗わない女は、不潔だろうか。

 そう思い悩んでいた頃、インターネットで興味深いものを発見する。それは、タモリ式入浴法というものだった。

タモリ式入浴法ってご存じですか?

お風呂に入る前に石けんをつかって洗わずに、10分ほど浴槽につかるだけの入浴法で、いわゆる「ひふ活」の一つです。

多恵ひふ科より引用

 タモリ式入浴法については、女医の友利新さんもYouTubeで解説していた。

 お医者さんや皮膚科が、こぞって「タモリ式入浴法」を謳っている。私は初耳だけれども、インターネットをググると、たくさんの情報が出てくる。

 私は、ただの面倒くさがりだ。体をただ洗いたくないだけ。

「どうして体を洗わないの?」

 そう聞かれたら、今の私なら迷わず「タモリ式入浴法を試しているから」と言ってしまうのかも。

 タモリさんは、日本のエンターティナーとしても有名人だ。その名前が入っているだけで、お風呂で体を洗うのが面倒なだけなのに、なんだか少し偉くなった気分になれそう。

 ただ、体を洗わずにすぐお風呂に入る場合、温度差によって「ヒートショック」になる可能性も考えられる。

 ヒートショックは冬場に暖房の効いたリビングから脱衣所に移動し、浴槽に入るときなどに起こります。

 リビングから脱衣所に移動した際には、寒さに対応するために血圧が上昇します。そこで衣服を脱ぎ、浴室へ入るとさらに血圧は上昇します。その後、浴槽に入ると、急に身体が温まるため、血圧が下降します。

済生会公式HPより引用

 タモリ式入浴法は、面倒くさがり屋な私にとってうってつけの入浴法ではあるけれども。楽な方法には罠が潜んでいそう。

 そう思った私は、寒い日に熱いお風呂へ浸かる際には、たとえ体を洗わなくとも一度シャワーで体を温めてから入るようにしている。

 気になったことがある。タモリさんは、世間にその入浴法が広まっていることを把握しているのだろうか。

 ご本人様が「お風呂で体を洗わない」とテレビで話したかどうかについて、私は詳しく知らない。けれど、その話がきっかけとなり「○○○入浴法」として世に広まるということは、いささか怖い気もするのだ。

 インターネットでこれだけ広まっているなら、ご本人の耳にも入っていそう。そこで問題になっていないのは、タモリさんがその件について何も語っていないからだと思うのだけれど。

 タモリさんのことは、私もテレビでしか見たことがないし、詳しい人柄についてはわからない。喜んでいるのか、怒っているのかも定かではないけど。

 自分の名前が入っている以上、何か問題があった時に困るのはご本人様のような気もしている。せめてどこかで、ご本人様に許可を得ていたらいいなぁとは思う。

 名前が売れることの責任と、大変さ。売れれば売れるほど、言葉に余計な尾鰭がついてゆく。サラッと話した言葉が予期せぬところで大きくなり、人々へ大きな影響を与えていく。たとえ本人にそんな気はなくとも。

 そもそもタモリさんは、日本のエンターテイメントを引っ張ってきた偉大な著名人の1人。棘のある発言で売れた人も多い世界で、彼は「聞き役」として実力を発揮してきた方である。

 そんな彼は、本当に「タモリ式入浴法」をどう思っているのか。自分の発言が、まさかこんなに広まるとは。そう、人知れず悩んでいたらどうしよう。体を洗わず湯船に浸かるたびに、ぼんやりと思う。

【完了】

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#タモリスト文学大賞
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