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祖母が好きなもの


祖母は、姿勢がよく上品で、人を笑わすのも好きな陽気な人だった。

私が大人になってからは、2年に一度くらいしか会えなかったが、皆と一緒に食事をする時は、いつも楽しそうだった。

でも、ある時、何も食べられなくなった。

悲しいことがあったからだ。

それは親戚全員にとって悲しいことだったが、特に祖母が一番ショックを受けていたに違いないことだった。

その時ばかりは、目の焦点も合わず無表情で、顔色は悪く、やせて小さくなってしまった。

「悲しすぎて、何もする気にならない。食欲もない。」と言っていたので、とても心配だった。

親戚一同が集まる中で、誰もどうすることもできなかったが、ふと、一人が「好きなものなら食べるかもしれない」と言ったので、私はすぐに思い出して「にしんそば!」と答えたのだった。

すると祖母は「やだ、なんでそんなこと知ってるの?」と恥ずかしそうに、でも一瞬だけ笑顔になってくれたのだ。


にしんそば。


それは、お蕎麦屋さんに行くと必ずあるが、私にとっては謎のメニューだった。

京都や北海道の郷土料理らしく、関東の人間である祖母が好きになった経緯も不明だ。

食べたこともなければ、見た目も想像できなかったから、祖母の好きなものだと知った時、やけに印象に残っていたのだと思う。

だから、覚えていたのは「たまたま」なのかもしれない。

でも、私の口から自分の好物を言い当てられたことで、祖母は少し元気になったように見えた。


考えてみれば、自分の好きなものを、まわりの誰かが知ってくれている、覚えてくれているのって、自分を尊重されたような気持ちになるし、嬉しいものだ。

案外、そういう何気ないようなことが、その人を大切にすることになるのかもしれないと、その出来事から思うようになった。


私が初めてにしんそばを食べたのは、それから数年後、祖母が亡くなってからのことだ。

甘く煮付けたニシンがのったおそばは、上品な味がした。

お蕎麦屋さんのメニューで「にしんそば」を見かけると、祖母を思い出さずにはいられない。

私のまわりの人たちの好きなものは何だろう?

ちゃんと覚えておこう。
そして、伝えよう。

それによって、その人も自分も少し幸せになるかもしれない。


追記:コングラボードをいただきました!
お読みくださった皆様、ありがとうございました😊



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