ホステスのお仕事
銀座なんて行ったことがなかった。
私達姉妹は20歳に手が届かない大学生と高校生だったから、綺麗な女の人がいる夜のクラブなんて縁があるわけがなかった。
あれは、母の誕生祝いだったか。
ちょっと奮発したレストランで食事した後、
「もう一軒」と言う父に家族全員連れて行かれた。
皮張りの重い扉を何枚も開けて入ったその店は、異次元だった。
暗い室内にシャンデリア、低いソファ。
和服や体にぴったり張り付いたドレスに身を包んだ女性が隣に座る。キラキラワラワラ。
うやうやしく、でも親しげに。
お友達でも無いのに。
はじめて会ったのに。
何になさいますかと。
やたら親切に。
暗闇に少しずつ慣れてきた眼を凝らして見ると、女性にも序列があることがわかってくる。
いちばん高級そうな和服を着た人がママさん(整形かしら?)ドレスを着たそれより若い人達がホステスと呼ばれるらしい。
どちらにしても、ここは違う星。この人達は異星人。昼間のスーパーや、学校や、通勤電車には見かけない人達。使っている言葉だけは日本語だけど。
そんな中、女性(ホステスやママさん)に囲まれている父は、馴染みの店だというオーラで輝いていた。私達家族にこれまで見せたこともない顔で。
たまげた。
妹と私は、深い皮張りのソファにお尻の先で腰掛けながら、目の前のホステスという女性と何を話していいのやら。化粧の匂いにクラクラし、ドレスの胸の谷間に目のやり場なく、戸惑うことしきり。向こうも相手が年下の同性とでは会話の糸口が掴めないご様子。
「いいお天気ですね」(夜だし)
「何をやっていらっしゃるんですか」
(学生だし)(ホステスだし)
、、、てんてんてん
間がもたないこと甚だしい。
ホステス達の所作にもいちいち驚くことばかり。お絞りを出してくれる時、タバコに火を付ける時、片膝をつく。(中世の騎士?)
会話にやたら相槌をうつ。
あら、まあ、すごい、ステキ、、
父の相好がどんどん崩れていく。
彼女達は、呑む。(勧められなくっても)
私達お客にも、どんどん勧める、どんどんお酌をする。
母は、と見ればくつろいでいない。(当然)
お酒が呑めないくちなので、何もすることがない。(まさかお酌するわけにもいかない。)
「いつもお世話になっております」と恐縮し(客なのに)
身の置きどころが無さそうだった。
(自分の誕生祝いなのに)
店内を見回すと、
私達一家以外に女性同伴(ましてや家族同伴)で来ている客は見当たらなかった。
みんないい歳をした偉そうな男性ばかり。
ここはどこ?あなたは誰?何をするところ?
誰も説明してくれなかったあの銀座の夜から数年、学生だった私も社会人になり、
男達には昼の仕事が終わった後、夜の接待というもうひとつの世界があることを知ることになるのだけど、それはまだ先のこと。
あの頃は、わかりようもない。
母は、どんな気持ちだったのか?
なぜ、父に怒らなかったのか?
なぜ、ホステスさん達に「お世話になっています」と頭を下げたのか?
父は、私達3人に何を見せたかったのか?
ホステスさん達に何を見せたかったのか?
あの日、父に連れられて行ったクラブというところにはずいぶん強力な光源(シャンデリア)があった。夜の世界は色んな人が光に吸い寄せられるように集まってくる、異界だった。
ほんにまあ、人間界には色んなところに色んな扉があって。その扉を開けると、その世界では色んな人に色んな役割があるものだと。
頭ではわかったようなつもりになっても、
心の?は消えない。
今でも消えていない。
ええぃ、しかたない。
日本の女性は大変なのだと。
妻も、ホステスも大変な仕事なのだと。
思うことにしておこう、とりあえず。
*追伸:
ずっと気になっていること。
夜の接待ビジネスは日本ならでは?
どの国でも同じように盛んなの?
あるとしたらお国柄による違いは?
興味は尽きないけど、、
研究するには、資金が先に尽きそう。