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“本を読むことが良い”と思って本を読みまくっていた2年前の自分を回顧~本が価値を持つときとは~

こんにちは。Ryosukeです。
リハビリテーション専門職として患者さんや対象者さんに対して、
心身の回復に対するアプローチについて考える仕事をしています。

今回は「“本を読むことが良い”と思って本を読みまくっていた2年前の自分を回顧」について書いていきたいと思います。


本を読むことのメリット

もちろん本を読むことのメリットはたくさんあると思います。

・仕事に役立つ知識、知恵が得られる。
・教養を深めるために役立つ。
・脳が活性化する。
・読解力が高まる。
・ボキャブラリーが増える。
・視野が広がる。

などなど、
本を読むことは良いというのは、
ある程度共通認識なんじゃないかと感じています。


その本を読むことのメリット

私自身、
学生時代は、全くと言っていいほど本を読まなかったんですが、
働くようになってから、メリットがある事を知って、
本を読むことってめちゃくちゃいいコトじゃん!
と思って1週間に2冊ぐらいのペースで読みました。
小説、自己啓発本、ビジネス書・・・

本を読み終わるたびに何かの知識が得られて、
自分自身がなんだか1UPしたような気分になっていました。

特にベストセラーになっている本は、
本の構成や言葉のチョイス、
そして事前情報も相まって、
その本を読んでいるという事実も含めて、
自分自身の満足感を満たしてくれていたように思います。


その本の価値を決めるもの

本自体が持つ情報量だったり、値段だったり、物体としての価値は一定で、
それを価値に変換するのは読む人によって違うと感じています。

本が価値を持つときというのは、
読了後に読者が読む前とどう行動が変わったかとか、
思考が変わったりとかだと感じているんですね。

あとは、
読む本のジャンルによっても違うとは思うんですが、
普段の自分の思考を別の世界に連れていってくれるとか、
生活の中では味わえない非日常だったりすると思うんですね。


そういった、
読書は一つの体験だと思うので、
そこに全て身を任せるというよりは、
自分自身の主体性も大切なんじゃないかと感じています。

わざわざこんなことを書くのは変だな~と思うかもしれませんが、
今思えば・・・少し硬い表現をすれば、
2年前の私は本を読むことに対する主体性が低かった

この分厚い本を読んだという達成感。
ベストセラーを読んだという優越感。
読了後にまず感じることはそのようなことだったと感じています。

読書のスタイル ~In put ベース~

つまり100% In putベースだったという事ですね。
何となくテレビを眺めているという感覚に近いと思います。
テレビって消さなければずっとついていて、
自分が動かなければずっと見ていられるじゃないですか。
テレビ自体が動かないので。
しかも、例えば5日前の夜に見ていた番組って何だったかって、
そんなすぐには思い出せないと思うんですよね。
In putベースだから。

In putしたことってすぐに忘れます。アクティブ・ラーニングの理論ではその定着率は5%

でも、映画観に映画を観に行くとかって、
自分が映画館に行かなければいけないので、
大体いつ行ったかとか、
何を見に行ったとかって覚えているじゃないですか。
やっぱり自分が行動するとか、
そのための主体性が伴うってゆうのは、
記憶の定着にとっても大事だと思うんですね。


読書のやり方が変化した ~Out put ベース~

今考えると、
2年前の読書のやり方と、
今のやり方では、
本の内容の記憶の定着の仕方だったり、
どの本をいつ頃読んだかの記憶だったりが全然、
感覚としては違っていて、
もちろん現在の方が定着はしやすくなっていると感じています。

それは、
今のベースがOut putになっているからだと感じていて・・・
今は毎日noteでOut putをしていて、
その内容は100%、日常で感じたこと、考えたことからStartしています。
なので、話の途中で、
「あれ?これはどう伝えたらいいのかな?」とか、
「この意味はなんだったけな?」と思ったら、
その知恵を借りるために本を読む。

本を読むという行為を、
「自分のOut putを装飾する」という役割に切り替えました。

「天才」とは何か

ちなみに今読んでいる本は、
「天才とは何か」
著者はカリフォルニア大学の心理学名誉特別教授、ディーン・キース・サイモントン氏、そして小巻靖子氏によって日本語訳されています。

普段仕事をしていて、
同じ課題処理でも人によってとびぬけてそれが早い人、
他人の何倍も働いても疲れ知らずの人、
初対面の人に対してでも、まるで何十年来の友達のようにふるまえる人、
そして相手も同様な状況に落とし込むことができる人、

そんなその他大勢とは違った能力を持った人たちを、
私は「天才」と呼んでいます。

つまり「ヨーイドン」でスタートしても、
その他大勢とは圧倒的な差をつけてゴールするような能力を持った人。

しかも、
それを自分では気づいていない人。
つまり努力で身につけたわけではない人。

周りはその能力を出そうとしてゼーゼー言っていても、
本人はあっけらかんとしている、
そんな能力を備えた人。

私の中で「天才」にはそんな前提があります。

少し長くなりました。
まとめると、
「本は主体的に読むといいよ」という話です。
そんなことを2年前の自分に伝えたいな。

今回は「“本を読むことが良い”と思って本を読みまくっていた2年前の自分を回顧~本が価値を持つときとは~」について書かせていただきました。
今回の1枚はunkodayoさんにいただきました。癒されます=^_^=ありがとうございました(^^)/

それでは今回もご覧いただきありがとうございました。
では、よい週末を(^^)/~~~

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