マガジンのカバー画像

掌編・短編集

20
単発の掌編、短編小説を集めたマガジンです。様々なジャンルを展開します。
運営しているクリエイター

記事一覧

【短編】BACK 〜裏垢男子の徒然

男は裸の背中に4本指でそっと触れると、女は身じろぎした。 そのまま、触れるか触れないかのタッチでうなじから背筋に指を滑らせると、女は仰け反らせ声を漏らした。 腰のくびれの辺りまで下りた時、今度は手を逆手にして撫で上げていく。 「あぁん、レイくん」 女は声を挙げたが男の表情は変わらない。楽しんでいる様子はなく、ただ冷静に反応を見ているだけ、という風な目。 女は背中が性感帯だと言う。だから背中を舐めて欲しいのだ、と。白くツルツルしていて、背面にも脱毛で金をかけるのだろうか

祈りの声が響く 〜たしかなことばをつづれ another tale 3

「どうしよう」 くぐもった遼太郎さんの声。彼に頭から抱きかかえられている。 街角の路上。 行き交う人達も特に気にすることはない、クリスマスの夜。 「どうしましょう」 私も合わせるように言った。たぶん同じことを考えている。 「離れたくない」 「…はい」 それで、一緒にメトロに乗り込んだ。 * * * * * * * * * * * 遼太郎さんにしばらくぶりに呼び出された。 彼は6つ上の元上司で、ずっと憧れの存在だった。 私が今年退職した後、偶然街で再会し、それをき

ネコのロドリーグ ~たしかなことばをつづれ another tale2

「義兄さん、またよろしくお願いします!」 主のハルヒコが旅に出る時は、ボクを姉夫婦の家に預ける。 ハルヒコは一人暮らしを始めてから、ボクを飼い始めた。 名前はまだな…いや、あるよ。 ロドリーグ。 雄で、ロシアンブルーが混ざっている(かもしれない)雑種ネコ。 保健所でハルヒコに拾ってもらったんだ。 ロドリーグとは、ハルヒコが好きなフランス映画「アメリ」の中に出てくる猫の名前から拝借したらしい。 映画の中でも、客室乗務員をしているアメリの友人が、長期勤務の時はアメリの元に預

【小説】なんてったって、アイドル…?後編

陽菜と稜央は空路で羽田に降り立った。 なにせ母親に内緒で出てきているのだ。日帰りしなければならない。時間節約のために飛行機を選んだ。費用はもちろん稜央が負担している。痛い出費だ。陽菜には出世払いしてもらわないとな…と思いながら、いや本当にアイドルになって稼ぐようになっちゃったらどうなるんだよ、とまたもや複雑な心境になる。 稜央が学生の頃は夜行バスで東京に出てきた。遠距離の彼女に会うため、そして、会ったことのない父親を探すため…。 ブルブルと頭を振って苦い記憶を追いやる。今日

【小説】なんてったって、アイドル…? 前編

「あん? 今、何て言った?」 「K-POPアイドルになろうと思って、と申しました」 二度目はわざと丁寧な言葉で嫌味っぽく言った陽菜だった。稜央はまだ、何を言ってるんだコイツは、という目で妹を見ている。 「えー、ごめん。君は日本人なのにK-POPアイドルになるとは、どういう…」 「お兄ちゃん分かってないね。今はグローバルがスタンダードなんだよ。国籍関係ないの。アイドルになるために韓国に渡る時代だよ。アメリカンドリームならぬ、コリアンドリームなんだから」 それでも稜央は呑み

【短編小説】雨の日に傘を閉じて・後編

そんな俺も執行役員まで昇り詰めたものの "会社を乗っ取ること" は辞めた。周囲からは「もっと早く独立すると思っていた」「このまま本当に天辺取ると思っていた」と散々言われたが、そういう期待を裏切るのもまた清々しい。 そして退職の日に社長からもらったのが、例の傘。新品をプレゼントされたんじゃない。 『俺の傘だけど、お前にやるよ』そんな感じだった。 * 社長は俺のために、何人かの幹部で簡素な "送別会" を開催してくれた。 肩書の付いたお硬い連中であったため、一次会で退散し

【短編小説】雨の日に傘を閉じて・前編

“久しぶりにしっかり降ってるな…” タクシーの窓ガラスを伝う雨の雫を見て思う。 最近の都心の雨は梅雨時であっても気づくと傘を畳んでいたり、あるいは真夏のように局地的にザッと降ってカラッと上がってしまう事が多いが、この日は朝から足元で雨が跳ね返るほどの強い降りが続いていた。 沿道には紫陽花が鮮やかに咲き乱れている。子供の頃習ったリトマス試験紙を思い出す。酸性が青、アルカリ性が紫。 しかし最近の紫陽花は子供の頃に見たそれよりも、もっと色鮮やかになっている気がする。真っ青だっ

【掌編小説】同期の2人、2年生

「優吾、俺が今から言うことを鼻の穴かっぽじってよく聞けよ」 「それは聞く耳持たないでいいってことだな?」 「お前、何言ってんだよ」 「お、お前だろうが! お前が何いってんだよ、だよ!」 飯嶌優吾は同期の中澤朔太郎と外回り中によく待ち合わせて一緒にランチを取った。お互いOJTの同行も外れて1人で回ることも多くなった。 間もなく入社2年目を迎えようとしている。 学生時代バスケットボール部で活躍した朔太郎は、今でもボリュームたっぷりの定食が大好きだ。対して優吾は特にこれといった

【短編】It’s a perfect world

ドイツ人男性に囲まれている、小柄な一人の男。 いや、彼自身が決して小柄なわけではない。どうしたって大柄なドイツ人に囲まれたら日本人は小さく見えるだろう。 彼は腕を組み上目遣いでやや口をへの字に曲げ、そんなドイツ人たちの話に耳を傾けている。身体は小さく見えるが、態度は決して小さくない。 話が一通り終わると彼は口角をわずかに上げ、 「OK. Lege gleich los.(すぐに取り掛かろう)」と言うとドイツ人たちも和やかな表情で「Jawohl.(了解)」と答え、解散した

【短編】カーニバル・後編

伏見稲荷を出て再び電車に乗り、特にあてもなかったので終点・出町柳駅まで出た。 駅を降りれば賀茂川と高野川の交わる鴨川デルタが目の前にある。 賀茂大橋を渡れば京都御所。 ここも正宗と一緒に歩いた所だ。 俺たちは橋は渡らず、土手に降りて川沿いを下っていった。あの時と同じように土手には多くの若者や家族連れがそぞろに歩いたり、等間隔で腰を下ろし和やかな時を過ごしている。 日も傾き始め日差しは緩んだが、まだまだムッとする熱気がこの盆地を包み込んでいる。 「僕もう疲れたよ」 一番

【短編】カーニバル・前編

「京都?」 「うん、子供たちを連れて行きたいと思って」 ドイツに来て2年が過ぎ、家族のビザの関係もあって一度帰国する事にした。 もちろん領事館に行けばわざわざ帰国する必要もないのだが、ちょうど8月。バカンスの時期。 そして、正宗の七周忌だった。 『お前グローバルに活躍してるようやけどな。日本のいいとこも忘れたらアカンで』 娘の梨沙は間もなく8歳、息子の蓮も6歳になった。悪くないタイミングだと思った。 『子供たちに京都見せてやり』 正宗の言葉が事あるごとに去来してい

【短編】闇の彼方へ

幼少期 「立ちなさい、遼太郎!」 道場に怒号が響く。 倒れているのはまだほんの子供だ。面で見えないがその顔は真っ赤で今にも泣き出しそうである。 祖父は軍人から警察官になった経緯もあってか武術に精通しており、孫の遼太郎が3歳になるやいなや、こうして近所の道場でほぼ毎日稽古をつけていた。 日常の言葉遣い、姿勢に至るまで厳しい躾を施した。 家の中では絶対に敬語を使わなければならない。来客はもちろん祖父、親戚、両親にまでも。 遼太郎の生家は西日本の片田舎にあった。 広い敷

【短編】狂った一日

7月8日。 思えば狂った一日だった。 そもそも僕が電車に乗る事自体が最近は珍しくなりつつもあったが、それがしかもトラブル収拾のために客先に向かう、という名目だったから、尚更イレギュラーだった。 上司は僕のコミュ障(それは発達障がいに起因し、性格のためではない)を理解してくれているので、最寄駅で営業系の社員を待たせてくれており、そこで落ち合って2人で向うことになっていた。 そして普段全く乗り慣れない路線。通勤ラッシュ時間を避けられたのが幸いだった。 雨だった天気予報は外れ、

【掌編】夢

暗闇だ。 何も見えない。 水が滴る音が微かに聞こえる。足の裏はひんやりと冷たい床に触れている。 ここはどこだ? 右手に何か摑んでいる感触がある。冷たくて硬質なもの。 ナイフだ。 弟から取り上げた物だと直感する。アイツが持っていると自分を傷つけて危ないから。 ナイフの刃は白金に輝いている。 美しい。 闇の中だというのに浮き上がるような輝きを放つ。 あぁ、これは夢の中なんだろう。俺は夢を見ているんだ。 それにしても刃の輝きは美しい。弟の気持ちがほんの少しわかる気がした