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ネコのロドリーグ ~たしかなことばをつづれ another tale2
「義兄さん、またよろしくお願いします!」
主のハルヒコが旅に出る時は、ボクを姉夫婦の家に預ける。
ハルヒコは一人暮らしを始めてから、ボクを飼い始めた。
名前はまだな…いや、あるよ。
ロドリーグ。
雄で、ロシアンブルーが混ざっている(かもしれない)雑種ネコ。
保健所でハルヒコに拾ってもらったんだ。
ロドリーグとは、ハルヒコが好きなフランス映画「アメリ」の中に出てくる猫の名前から拝借したらしい。
映画の中でも、客室乗務員をしているアメリの友人が、長期勤務の時はアメリの元に預けに行ってるんだ。
ロドリーグって…呼びにくい名前をよくつけたなと思う。
影響受けやすいところは、わかりやすくて単純で、素直なハルヒコのいいところ。
「ロドリゲス、いらっしゃい」
ソファで本を読んでいたリョウタロウが声をかけてきたので、ボクはニャアと答える。
ボクはリョウタロウが大好きだ。あ、ナツキのことも好きだけどね。
だから違う名前で呼ばれても、ボクのこと呼んでるってわかれば、ちゃんと返事してあげるんだ。
「ロドリーグだって。ラテンみたいな呼び方やめてください。姉さんは出かけてるの?」
ハルヒコは、やめてと言いつつ、あまり気にしていない。
「うん、病院」
「順調?」
リョウタロウは本から顔を上げてニヤリとし「みたいね」と答えた。
リョウタロウとナツキの間に、もうすぐ子供が生まれるんだ。
ボクの従弟か従妹になるんだぜ。
「今度はどこの国に行くの?」
リョウタロウはソファから立ち上がって訊いた。
「せっかく来てくれたから、コーヒー淹れてってくれない?」
ハルヒコのことをバリスタとかシェフとかと思ってるんだ、ノシマ夫婦は。
「義兄さん、僕、一応お客さんだから」
それでもハルヒコは笑ってキッチンに立ち、淹れながら答える。
「旧ユーゴスラビアの国々周ります。ボスニア・ヘルツェゴヴィナ、セルビア、モンテネグロ、コソヴォ」
「渋いねぇ。お土産にはどんなものがあるのかも想像つかないなぁ」
リョウタロウはボクを抱き上げる。ゴロゴロと喉を鳴らしてあげると、リョウタロウも嬉しそうに目を細める。
「はい、どうぞ」
「ありがとう」
リョウタロウはテーブルについてボクを膝に置き、ハルヒコと2人でコーヒーを飲み始めた。
「うん、やっぱりハルが淹れた方が美味しい」
「そりゃどうも! ね、それより、もう名前とか考えてるの?」
ハルヒコは自分が叔父になることを楽しみにしている。
「ん? まだ。性別も知らないし」
「知りたいと思わない?準備とかも楽でしょ」
リョウタロウはニンマリとしながら言う。「知らない方がワクワクしない?」
「まぁ、そうだけど」
リョウタロウが優しくボクの頭を撫でる。リョウタロウの手はすごく大きくて、すっぽりと頭がかくれてしまうくらいだ。
リョウタロウがどれだけ幸せかが、伝わってくる。
「ただいま」
玄関で声がする。ナツキが帰ってきた。
「姉さんおかえり」
「ハル、もう来てたんだ。あ、ロドリーグ。久しぶり」
ボクはリョウタロウの膝から離れない。でも一応、顔を上げてニャーと挨拶をする。
「どうだった、病院」
「うん、特に問題ないって」
ナツキのお腹は、まだそんなには大きくない。
「いい匂い。いいなぁコーヒー」
「姉さん、飲んでないの?」
「うん、念のため、ね。ハーブティー飲むようにしてる。そんなに好きじゃなかったんだけど、美味しいの見つけてさ」
サッとリョウタロウが立ち上がり、ボクをナツキに預けてキッチンへ行く。たぶん、ナツキのためにお茶を淹れるんだ。
そういうとこなんだ、リョウタロウの好きなところ。さりげなく、優しい。
ボクにも、優しいんだよ。こっそりチュールをくれる。
この家に来るとボクはちょっと太るので、ハルヒコが帰ってきてボクを見ると、ナツキが文句を言われ、ナツキが「私じゃない」と言ってリョウタロウを怒る。
でもリョウタロウはボクをちらっと見て、ニヤリと笑う。
ボクもウインクしてあげるんだ(できないけど)。
その夜はみんなで晩ご飯を食べた。久しぶりにみんなで集まって、3人ともリラックスして、とても楽しそうだった。
ボクもハルヒコの横で、いつもよりちょっといいご飯を食べさせてもらった。
「いつ発つの?」
「明日の夜の便。日の並びが良かったから、有給付けて10日行ってこられるんだ」
「いいなぁ羨ましい」
「義兄さんはもう海外赴任はないの?」
「しばらく遠慮するよ」
リョウタロウは苦笑いした。ナツキはちょっとさみしそうな顔をする。
なんか、フクザツな思い出があるのかな。
ナツキがアルコールを飲めないから、男2人も遠慮して宴会にはならなかった。ハルヒコは挨拶して家に帰る。
「じゃあまた2週間後に引き取りに来ます! いい子にしてるんだぞ、ロドリーグ」
ニャー(いってらっしゃい、きをつけて)。
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リョウタロウがボクにリードを付ける。ナツキがお弁当とお茶のポットなんかを大きなトートバックに詰めている。
ノシマ家はボクがいる休日はピクニックを開催する。
イトコが生まれたら、その子も連れて行くのだろう。ボクはお兄さんだから、遊んであげるのは当然だろう。
リョウタロウはボクをナツキの腕に預け、カバンを持つ。
公園に到着するまでは、ナツキは僕を抱えたまま歩く。
「ロドリーグ、重くなった気がする。昨日さっそくなんかあげたの?」
ボクは”成長”したのであって、太ったわけじゃない。リョウタロウはすぐやり玉にあがってしまう。
リョウタロウは「まだそんなことしてないよ」と困ったように笑う。「なぁロドリゲス」
「いつもそう呼ぶね」
「ロドリーグはフランス語読みで、本来はロドリゲスなんだぞ」
そう言いながらリョウタロウはボクの頭を撫でる。
ボクは目を細める。なんだっていいよ、って。
公園へ着くと、広い芝生に上がって、シートを広げる。
ナツキがボクを下ろすと、リョウタロウがリードの先を自分の右足にくくりつける。ボクが遠くへ行かないように、リョウタロウが柱になるんだ。
ナツキがお弁当を広げ、リョウタロウがボク用のおもちゃをカバンから取り出す。釣り竿に羽根がついたような、いわゆる”猫じゃらし”のおもちゃ。
リョウタロウがひょいひょいっと、それを振る。ボクはちょいちょいっと手を出す。
「遊ぶの後で」
ナツキがいなすと、リョウタロウはしおらしくやめる。まるで子供みたいにすねた顔して、ボクをちらっと見る。
ボクは ”気にすんな” って目で言ってあげる(伝わってるかわからないけど)。
ナツキがボク用のお皿に、魚の味のするごはんを入れて出してくれた。
でもいつも、ちょっと少ないんだよな。
だから残さないのに、残さないからちょうどいいと、ナツキは思っている。
残さないから足りないのだろうとリョウタロウは思って、後でこっそりおやつをくれる。
なんてバランスのいい2人なんだろう。
ボクは、リョウタロウはいいお父さんになるんだろうなって確信している。
ナツキは、意外と真面目だから一生懸命お母さんを務めようとすると思う。そんなナツキを、リョウタロウはたくさん助けてあげるんだろうなって、思う。
足りないところ、足りすぎるところを2人はわかっていて、遠慮しないでお互いを頼る。
どういう人生を過ごしてきたのか知らないけど、すごい信頼関係だなぁって思う。
ハルヒコもよく言ってるんだ。『世界一のカップルなんだ』って。
2人が満腹になったところで(ボクはちょっと足りないんだけど)、ナツキがおもちゃを手に取って振り始めた。
ボクはしばらく夢中になって相手した。
リョウタロウは肘をついて横になり、ボクたちを眺めている。
天気がとても良くて、初夏のような陽気だった。
ボクも割とすぐに疲れて、相手するのをやめた。
ナツキもおもちゃを置くと、リョウタロウの横に寝そべった。
リョウタロウは腕枕をしてやる。
ボクはキューンと目を細めて2人を見た。
頭の上でざわわわわっと、木々が風に揺れた。
木漏れ日が乱反射する。
ボクが2人の間に入っていくと、2人は顔を見合わせて、ちょっと吹いて、そしてキスをした。
なんだ見せつけてくれちゃって。
でもボクも、ちょっと幸せ。
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END