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【掌編小説】同期の2人、2年生

「優吾、俺が今から言うことを鼻の穴かっぽじってよく聞けよ」
「それは聞く耳持たないでいいってことだな?」
「お前、何言ってんだよ」
「お、お前だろうが! お前が何いってんだよ、だよ!」

飯嶌優吾は同期の中澤朔太郎と外回り中によく待ち合わせて一緒にランチを取った。お互いOJTの同行も外れて1人で回ることも多くなった。
間もなく入社2年目を迎えようとしている。

学生時代バスケットボール部で活躍した朔太郎は、今でもボリュームたっぷりの定食が大好きだ。対して優吾は特にこれといった運動に従事したことはなく、バカみたいな量の食事も取らない。

この日も町の中華料理屋で、朔太郎はマーボーチャーハンにラーメン、餃子と、まるでフルコースのようなメニューをモリモリ食べている。それでいて身体はがっちりスマートだ。身長が高いせいもあるかもしれない。

朔太郎は優吾の言うことなど完全にスルーして話を続ける。

「うちの部な、新卒はもう取らないらしいんだ」
「え、そうなの? 後輩出来ないなんてかわいそうに」
「逆に言えばまだまだ若者扱いされるってことだ」
「それはどうかな、お前そこまでかわいくないだろ」
「わかってないね、優吾くん」

チッチッチ、と箸を持ったまま右の人差し指を優吾の鼻頭で振った。

「後輩ができると何かと奢ってやったりさ、こういうランチにしたってご馳走してやらなイカンわけじゃないか」
「まぁ…そうだな。あんまやりたくないけど…」
「俺は直接そういう後輩ができないわけだから、存分に合コンに金を使っていく」
「それ、鼻の穴かっぽじってまで聞く話かよ」
「汚いな、鼻の穴かっぽじるんじゃねぇよ。食事中だぞ」
「お・ま・え・が! お前が言ったんだろうが!」
「本題はそこじゃない」
「なんだよ! 早く言えよ。中澤はいっつも前置きが長いんだよ。嫌われるぞ」
「悪いが俺のトークは臨機応変に対応可能、相手によってもきちんと使い分けることが出来るのだ」
「俺だからかーい!」

朔太郎はマーボーチャーハンをレンゲでかき込み、ひとしきり頬張って飲み込むと言った。

「うちの部はこういう考えらしいんだ。新卒教育は思った以上のコストがかかる。いま企画営業部の抱える全社的な課題と期待に応えるには、教育コストをまず下げて徹底的に合理的に取り組んで成果と売上を上げる。そのためには社内から優秀な人材を集めて教育コストを下げる。新卒を受け入れるのは、それが軌道に載ってからだ、と」
「へぇ…シビアだね…。他の部署から優秀な人、全部持ってかれちゃいそう」
「でな、俺も通常ならOJTをやって得られる経験が出来ないわけだから、それは他の部署の同期とも変な差がついてしまうということだから、うちの課長は部長経由でこう言った」
「課長が何で部長経由で言うんだよ」
「課長は居ないんだ」
「既に何言ってるんだかわからん」

やはり朔太郎は優吾の懸念などスルーして続ける。

「"新規企画案件のチームリーダーをやれ。先輩がお前の下に付くことで構わない。企画をまとめ部内プレゼンテーションで通ったら、賞与を弾む。昇格もありだ" ってな」
「えっ、マジ? やりづらくない?」

優吾のいる法人営業部は毎年新卒は配属されるもののせいぜい1名、しかもほぼ男性ばかりで、出来る人はすぐに他部署へ異動してしまうせいか、ミドル層が多い部署だった。
同じことをやれ、と言われたらまず無理だろう。いや、やりたくない。おじさんたちを従えるなんて。ネチネチいじめられそう。いや、毎日ジェネレーションギャップを埋められない理不尽な説教を受けそう。

対して朔太郎のいる企画営業部は社内でもトップクラスの華やかさだ。組織の規模も大きく3つの課がぶら下がっていて、これまでは若手も配属されたが、いわゆる "出来る社員" が異動していく先でもある。年配社員はあまりいない印象があった。

「やりづらくなんかないね。成果を出せば先輩後輩関係ない。最高じゃないか」
「ふ~ん…」

朔太郎らしいな、と優吾は思った。基本、優吾にガッツはない。当たり障りなく妥当に生きていければいいと思っている。もちろん、お金は欲しいけれど…。
まぁそんな優吾に法人営業部という、固定客を相手にルーチンを行っているような部署は "ぴったり" なわけだが。

「これで稼げれば、女の子と遊ぶ内容がぐっとグレードアップすることだろう」
「お前、あながち冗談にならなそうだからすごいよな」

優吾も、見た目は非常に男前の二枚目である。
同期の女子からは『黙っていれば』の但し書きが付くが。

特に趣味もない、スポーツもやってない、大して面白くもない…。しゃべると大抵の女性陣は、その見た目とのギャップにガッカリして去っていくのである。

「まぁだから優吾くん、かわいい新卒ちゃんが入ってきたら、俺に教えてくれたまえ」
「うちの部署に女性の新卒が配属されるとは思えなけど、了解」
「たぶんお前のとこには "わぁ~飯嶌センパァーイ♡" とか言って最初は近づいてくると思うんだが、ちっ、なぁ~んだってなった先の受け入れを俺が責任持って担うからな」
「なんだよそれ」

優吾が口をへの字にすると、朔太郎の胸ポケの社給携帯が鳴った。途端にビジネス声になって先方と話し始める。優吾は残っていた自分の定食を平らげた。

電話を切った朔太郎に「ラーメン伸びてるぞ」と言うと「俺は伸びたラーメンが好きなんだ」と言う。正気か。屁理屈だろ。
しかし朔太郎は気にする風でもなく伸びたラーメンを平らげていく。

まぁ…でも早いな。もう2年目になるのか。優吾は思う。俺、後輩に何か教えられることってあるのかな、と。

朔太郎は学生時代のバスケ部でも部長を務めたこともあるって言ってたし、人の上に立つことって何となくわかっているんだろうけど。

俺はなぁ、取り柄がないもんなぁ。

「優吾、なに呆けた顔してんだよ」
「呆けたって…物思いにふけってたんだろ?」
「様になってないな。残念でした」

とことん落としてくるな、と思いつつ、優吾と朔太郎は何故か仲が良い。同期も60人近くいて、ちょうど男女半々くらいの比率だが。
何故か2人が一番良くつるんでいる。
同じ学校にいたら、同じクラスとかだったらまず仲良くならなそうなのにな…と優吾は思う。朔太郎はどう思っているのだろう。

「はぁ~、食ったな。じゃーまぁ午後も怠いけど頑張りまっか」

そう言って朔太郎は伝票を持って立ち上がった。

「お、悪いな、ご馳走様」

そんな優吾の言葉もスルーして、朔太郎はレジのおばちゃんに「会計別々でお願いします」と溌剌とした声で伝えていた。

「んじゃまたな、おつかれ!」

朔太郎は店を出るなり手を挙げ、颯爽と去っていった。

優吾はそんな背中をため息と共に見送る。


まぁでも…新卒の子、どんな子が来るんだろうな。
かわいい子、来るといいな。

そう考える優吾は、今後朔太郎にはどんどん置いていかれ、出世の道が出遅れていくのである。





END

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