赤い風船と僕の成長
思いっきり空気を吸い込み
肺を膨らませて吐き出していくと
ペラペラだったゴム片がぽわんと膨らみ
へんてこな球体を形作った
風船を膨らませるのは大変だ
子どもの頃は、ぷくんと小さな球体を
形作るのが精一杯だった
それだけで喉のあたりが
ガラガラして咳こんでしまって
苦しいは悔しいは悲しいはで
悲しみの球体は瞬く間に萎んでしまって
結局は再びゴム片に戻ってしまっていた
大人に頼めば彼らはなんのこともなく
おっきく息を吸い込んで頬を膨らませると
ゴム片に口をつけて
ぷくんぷくんぷわあわあわあと
あっという間に膨らませてしまうから
大人はすごいなあとつくづく思ったものだ
大人達もたかが風船一つを膨らませるだけで
小さな子どもから尊敬の眼差しを
向けてもらえるのだから
悪い気もしないと言うもので
僕は風船を膨らませるときは
大人に頼むのが一番の近道だと
味をしめ事あるごとに頼んでいたが、
あーそうだね
僕も歳をとりましたとも
齢30を過ぎれば子どもからしたら大人だろうよ
おじさんとしていつ風船を膨らませてと
頼まれてもおかしくない年齢になってしまった
あぁ子どもの頃の思い出がよみがえる
風船を膨らませる為に悪戦苦闘したあの日々を
丸い球体が萎んでいく様は
悲しくて耐えがたかったなあ
だがしかし僕はもう大人として
風船の一つも膨らませられない
ままではダメなのだ
試しに練習してみようと思う
風船は100均に行けば
なんて事もなくすぐに手に入る
小さなゴム片と久しぶりに相対した
長年のライバルは変わり映えのない顔つきで
僕を見上げていた
僕は歳をとってしまって
彼はあの頃のまま
あぁ僕らは黙ったまま
しばらく見つめ合っていたが
ロマンチックなやり取りや
目頭が熱くなるような
昔語りなんてものは当然なく
いつまでも見つめ合っていたって埒はあかないし
何かが変わる訳でもないので
いよいよ決着をつけねばいけない時がきたのだ
果たして僕はあの頃より成長できてるのだろうか
覚悟を決めて僕は大きく息を吸い込んだ
胸が膨らむのがわかった
肺の中いっぱい限界まで空気を吸ってから
きゅっと口を閉じる
頬の辺りに力が入る
ゴム片を唇の間に押し込みゆっくりと
中に吐き出していった
抵抗感があった
風船側が膨らむのを拒んでいる様な感覚が
唇から伝わってきた
このままいけば膨らんだ勢いで
唇から外れて飛んでいってしまうかもしれない
それじゃ昔の悔しいままで何も変わらない
子どもの頃の僕だったらここで負けていただろう
だが三十余年あまりの歳月で身につけてきた
根性が僕を焚き付ける
逃げようとするゴム片を離さない
しっかり咥えたまま追撃を加える
空気を送り続ける
ぷくりぷくりと徐々に球体が大きくなっていく
のが目の前でよく分かる
おぉと僕は心の中で思った
(いけるぞこのまま頑張れ僕!)
風船の口のあたりを指でつまみ
鼻でおっきく息を吸い込んでから
顔中の筋肉も総動員して
風船に空気を入れていった
ぷくんぷくんぷくーん
ぷわあわあわあ
急に抵抗感がなくなり
かわりに空気が送りやすくなった
不思議な感覚だった
喉はガラガラして頭はくらくらしてるのに
爽やかな気持ちになれたのだ
子どもの頃に出来なかった事が
出来た事への達成感だろうか
風船一つバカにはできない
ささやかながらも着実に
僕は成長してるのだと実感できたのだ
膨らんだ風船を指でつまみ
触ると跳ね返してくる感触は
嬉しいと言う気持ちを僕にもたらしてくれた
はたから見たらなんて事ないかもしれなくても
味わえる喜びに浸れた僕は
多分幸せものなのだろう
記念すべき一人で膨らませた
風船の出来栄えは上々だった
僕の思いがぱんぱんに膨らんだ自慢の球体
赤い風船が僕をまた一つ大人に近づけてくれた
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