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誰に遠慮する必要もないのに、真実ではないことばかりを書こうとする自らの手を、指を折りたい。自分で自分をよく見せたいという気持ちに唾を吐きかけたい。どうしたって奥行きのないしょうもない人間なのに、覚えたての言葉を並べて、自分の浅さを覆い隠した気でいる愚かさ。 体面という、みずからの実体と世界の境界。他人の評価や信頼、あるいは愛、経済力、能力、特質…。それらは時に蜃気楼として、ひとつの卑小な肉体をあいまいに大きく見せる。そこにはいかほどの意味もなく、それでいて、やはり致命的に
全てのものが腐乱するような日曜日だ。冷蔵庫を開ける、意味はない。閉める。意味は生まれない。夜の底で冷たく絡まり合う洗濯物に手をつける。「四月は最も残酷な月」と詩人が言ったのを思い出して、生活は呼吸や心臓の動きのように、意識せずともここに在る、在ってしまうことに気がつく。もはや意味の発生しない最小の領域と単位で、在るだけの生活に慣れてきたところだ。遠い声がゆき過ぎる。遠い部屋に生きる人々が、同じようにして記憶の通路を通り過ぎる。 カーテンの隙間から一条、街灯のLEDが鋭く
日常があまりにも褪せているので、肌に感じられる冷たさや、木曜に降った大雨のこと、そんな退屈な事柄しか思い出せなくなっている。私たちが何かを書くというとき、何かを伝えるというとき、記憶との密な結びつきがそこにリアリティ、こう言ってよければ、本当に文章をもってあたかもそこに居られるのではないかという”臨在感”を与えることがあるが、それは記憶に立脚しているという一点において、まぼろしであり、誤謬である。 町を歩く人々の顔も、こころなしか、憂愁を帯びているように思えた午後だった
新入社員のくせに、11連休を作って神戸へ帰省する。およそ20年過ごした郷里は再開発などで表面的に少しずつ変わりながら、それでも海風の薫りと、のんびりした陽光の感じがある。気付くと父母はもう高齢者と括られる年齢で、かくも流れゆく時をいかに感じずにここまで来てしまったかということに今更悔悛したくもなる。 夕暮れに砂浜を歩く。明石海峡大橋のふもとには、夏は海水浴でにぎわうビーチがある。さすがに月曜ともなると人もまばらで、規則的に波打つ静かな響きが、空へ還っていく。波濤の音は
いつも、海を思い出す。朝ぼらけのまどろみの中に聞こえた低く長い船の汽笛の音や、突堤にぶつかる波濤、ゆっくりと呼吸するように隆起しては沈む蒼黒い海面が、記憶というより感覚として思い起こされる。あの音は善かった。郷愁と言えるだろうか。海風が吹き抜けるわたしの生家、自室の風景とそこにある匂いには、いつも磯の香が混じっていた。それは生命を意識させる、生々しく、それでいてさわやかな緑のような、色彩を感じさせる匂いなのだ。いま、日々を蕩尽し、目標なく惰眠をむさぼる自分が、少しだけかわい
自分の部屋にいて、ここは河のほとりだと、思うようになった。通りにバルコニーが面していて、車の通りを見下ろしている。かれらはシューッと音を立てて流れ、多くの場合帰ってくることはない。鉄塊の流れる、さもしい河。その河からは清冽な響きと水のすずしさの代わりに、選挙カーの爆音ノイズと排気ガスの香気漂う。ただ、問題はその雑駁かつ混沌の様相を、私という人間が佇みながらに見下ろすことができるようになっているというその変容だ。 文の装飾をできるだけ削ぎ落して、近況を報告しよう。ここは東
長蛇の列を抜けた先では、展覧会のロゴが壁に大写しだ。《ルーヴル美術館展 愛を描く》ゴシックとセリフ体を交えた日本語文が、いかにもそれらしい。このスローガンの横には「ルーヴルは、愛だ。」(あんまり記憶にないが、きっとそんな感じだった)という台詞が、ハートマークの中に込められている壁画があり、若人がカメラを構え様々な角度から自撮りを行っている。美術館に来たはずが、と思いげんなりしつつ、人を搔き分けながら展示を見て回った。 窮屈な展示体験だったが、いちおう展示のおおまかな流れは
往来の車やバイクの音も已み、灯りがぽつりぽつりと消え、ついにこの部屋だけ、ぼんやりと明るい。気がする。窓を少し開けると、晩春の夜風が肌を撫でる。一瞬間、自分は船の上にいるのではないか、という想いがかすめる。電子の黒い海を泳ぐ、一艘の光の小舟―。 ぼんやりと明るいその部屋では、窓に面した机に鎮座するコンピュータがいっとう光ってる。操舵手は黙々と打鍵するのみで、碌に方向をもたない。キーボードの打鍵に応じて画面に黒い文字群を並べることに特に意味はないが、習慣というのは意味という
通り沿いの小さな部屋には自動車の駆動音が反響し、ときどきにそのヘッドライトが天井に平行移動する光を描く。それはまるで周期と軌道が決まっている彗星のようにも見えた。膨大な情報に飽和した脳の細胞が、ただその光を見つめる眼球にやさしく熱を含ませ、毎日やってくるあの停止―大いなる眠りに身体をいざなう。 上京して、知らない街の知らない部屋に住み、知らない人間を満載した箱に毎日通っている。少しずつ知識と経験が増え、それらは見知ったものとなってゆくのだろうが、新参者は律儀にも、真冬
何を語りたいのか、それが問題だ。話したことも、書いたことも、その瞬間からは嘘になる現在を、絶えず踏みしめている自分がいるのに、また同時に意識はどこか別の、明るくて空気の澄んだ天地をどうしようもなく所望する。暗い部屋でキーボードに手垢をこびりつかせながら悲しみや絶望といったそれこそ垢に塗れた安い言葉を液晶に並べる人間は、果してどれほどまでに高尚であろうか。語ることと、語らぬこと、その場合、どちらが価値を持つのだろう? “I want―”と、「愛を」は似ている。口ずさんでみ
抽象的で、かつ役に立たないことを書く。そうエクスキューズしなければ、ここから何も語れないだろうと思う。自分の内面があるとするならば、それは中東の荒野にある町のように乾いている。触れないが、よく見える。 閉塞したとき、停滞した時にわたしは書く。と思っていたが、閉塞と停滞とは突き詰めるとつまり、飽きることである。飽食の時代。気付けばサブスク、YouTubeの動画、安価なコンテンツで腹を膨らしたことへの怒りが湧く。 この前先生が、他人と同じコンテンツの消費の仕方をしな
私たちは顔を持つ。顔は基本的に構造として認知されている。髪の毛の下には眉が、そのさらに下には一対の目と耳、中央に鼻。その下に口、様々な輪郭がそれを支えている。基本的に、それらには差がなく、そしてほとんどの人が学習し、コミュニケーションをとり、食事をとり、排泄し、眠り、ある程度時間が経つとともに老い衰え、死ぬ。つまり大きな構造として、人間という容れ物は共通しているといってよい。 では私たちは何を見ているのか、何を嫌い、愛するのか。それはその共通性、言い換えれば「なんで
日はとっくに落ちてしまって、蒸した夜のペトリコールと大学生の話し声がTシャツ越し、べとべとと肌にまとわりついてくる。大学から帰っている。研究室で少し遅くまで論文を探し、図書館に取り寄せていた資料を取りに行った帰りだ。車が一台通れるかどうかという道幅のところに、20人くらいの学部生と思しき集団が固まって歩いている。はあぁ。まあ、ええか。どうやってコミュニティが維持されているのだろう、とか、一人一人と関係を取り結ぶのだろう、とか考えながら、ため息を隠して仕方なくいつもの五千倍ゆ
ぼくは、こんなこと予想していなかった。 もともと飽きっぽいほうで、日記なんて三日坊主どころか、二日ももたなかった。習い事のピアノも習字もすぐにやめてしまった。生きること以外ほとんど何も続いていない僕が、noteというものを、一年間続けることができた。(投稿はけっこうまちまちだったりするけどね) ピアノも習字も個人作業だった。練習して、先生に倣う。だけどnoteは、やっぱり少し違う。noteでは、ただ自由に書いたり書かなかったりして、書いたものに気のいい人たちが「スキ