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書評集「Read, watch n sleep well.」

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本・映画・ドラマ・アニメのレビュー。書評中心に週2~3ペースで更新中
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記事一覧

残暑こそ本を読みたい。夏の終わりのサマーリーディングリスト

日本にも「読書の夏」を 台風が過ぎ、ようやく「残暑」と呼べるような日々がやってきた。 欧米には夏季休暇にビーチなどで本を読んだりする「サマーリーディング」の習慣があり、著名人が「夏に読む本リスト」を公開している(有名なのはオバマ元大統領)。 日本では秋に「読書週間」が存在するが、そろそろ「夏も本を読む」キャンペーンを大々的に打った方がいいように思う。「読書感想文のために読む」子どもたちだけではなく、大人にも。 理由として、日本の夏は暑すぎる。 2024年はそもそも外出す

【書評】辻村深月『傲慢と善良』―この本の読み方を教えてほしい

ハードルを上げすぎてしまったのかもしれない。 このnoteでは基本作品に対するポジティブな感想を書いているのだが、お盆休みに一気読みしたこの本に限っては、どうしても「良い感想」を持てずにいる。 「婚活」「アプリ恋愛」をテーマにした小説・漫画などはかなりたくさん出てきていて、今となってはメジャーな題材だ。 私自身、心の底から面白いと感じた恋愛漫画はいくつもある。マッチングアプリを使っていた頃は特に好んでそういった作品を読んでいた。 作者によるほぼ実録エッセイマンガ。Tind

【書評】松永K三蔵『バリ山行』―山がある、故に高みへ

なんの前情報も入れずに読もう、と思った作品だった。 「バリ山行」という、初めて見る日本語。作品の中でその謎が解けるのが楽しみだったからだ。 登山用語なのか、作者の造語なのか。それすら曖昧だった。 問いはひとまず脇に置いて、物語に沈み込む。 するとあっという間に読み切ってしまった。 『バリ山行』はスリリングかつ格調高い純文学小説である。 ずっと関東に住んでいる自分にとって「六甲山地」というものが兵庫県民にとってどういう意味を持つのか、正直なところずっとわかっていなかった。し

新潟産大付甲子園出場おめでとう! ~柏崎に残る「宮島さん」、そして『ラストイニング』にみる甲子園の意義

柏崎初の快挙!夏の甲子園出場! 8/7(水)から第106回全国高等学校野球選手権大会が開催される。 今回は甲子園球場100周年という節目で、高校野球に先立ちNPBでは8/1(木)の阪神-巨人戦で盛大な記念イベントが開催された。 他にも甲子園を舞台としたさまざまな野球漫画とのコラボや企画展など、現地では様々な催し物が見られる。 今回の夏の甲子園で最も楽しみなのは、なんといっても新潟産業大学付属高校が柏崎市初の夏の甲子園出場を果たしたことだ。 甲子園100年という歴史的大舞台

病んでから、何年もずっと小説が読めなかった―ハン・ガン『菜食主義者』

ハン・ガンと私の病と ハン・ガンの作品の最高傑作、いや韓国の現代文学すべてにおける金字塔と名高い『菜食主義者』を読んだ。 しかし、私にとってこの作品は最高傑作以上の意味を持っていた。 というのも以前『ギリシャ語の時間』を読んだとき私は閉鎖病棟にいて、しかも措置入院中だった。拘束され一切身動きが取れない中数日を過ごした後、処置室から閉鎖病棟に移った私は、論文や『十二国記』全巻とともに『ギリシャ語の時間』を読んで、三か月にわたる入院期間を過ごした。 『菜食主義者』は、突如

今日の読書『にほんのうた 音曲と楽器と芸能にまつわる邦楽通史』

私の実家は(私を除いて)とにもかくにもガチガチの音楽一家、というのは何度かnoteに書いたとおりです。 とくに母はたいへんなビートルズのファンで、今もポール・マッカートニーが来日するとなれば空港で出待ちするという(ガチ恋…)オタク精神を発揮しているのですが、そんな母が「若手の音楽批評で唯一信頼できる」と数年前から太鼓判を押していたのが「みのミュージック」でした。 そんなみのさんが出した「通史」がこの本です。 私は音楽専門ではないにせよ史学科の人間でしたので、「通史」にカテ

今日の読書『歌詞のサウンドテクスチャー うたをめぐる音声詞学論考』

最近のJ−POPの曲、と言われて、皆さんは真っ先にどんなアーティストを想像するだろうか。 米津玄師、星野源、YOASOBI、藤井風、Official髭男dism、Ado、あいみょん……。共通するのはドラマ・アニメ・CDといったタイアップ曲が非常に多いことだ。 とりわけ「歌詞のレベルが高い」という評価がなされるアーティストは「歌詞の(タイアップ先のコンテンツに対する)解像度が非常に高い」ことが求められる。 売れるコンテンツにはそれを象徴する歌詞の曲がつく。逆も然りで、売れる曲

今日の読書『ボドイ:哀しき兵士』

ヘッダーはベトナム・ニンビンにある東アジア最大の仏教寺院・バイディン寺。ビエンチャン在住の友人が以前旅行で足を運んでいたが、とてもいいところだと聞いた。 ハノイからなかなか距離があるが、仏教好きとしては絶対に一度は行ってみたい。 「ボドイ」(bộ đội)とはベトナム語で兵士を意味する語だ。 しかし、日本で「ボドイ」と呼ばれる存在は基本的に軍属の人間のことではない。 かれらは技能実習制度などを利用して来日したものの、なんらかの理由で犯罪行為に手を染めるようになったベトナム

『ブータンの瘋狂聖 ドゥクパ・クンレー伝』―愛され続ける僧侶の官能と仏法の世界

ブータンの偉大な遊行僧に光を当てる 地元の本屋で見つけた掘り出し物の岩波文庫。 ブータンの「瘋狂聖」ドゥクパ・クンレーを、現地に伝わる逸話を通じて紹介する日本語圏ではほぼ唯一の一般書である。 ドゥクパ・クンレーは15~16世紀に活躍したチベット・ツァン地方出身の僧侶で、酒と女性を好んだ破天荒な生き方で知られている。 ブータンの古都・プナカにあるチミ・ラカン寺院は、もともとこの地にドゥクパ・クンレーがチョルテン(仏塔)を建てたと伝わる場所だ。この地で祈りをささげると子宝を

『休養学―あなたを疲れから救う』を読んで実際に休養してみた

『休養学』を読んで わたしは体質としてとにかく疲れやすい。 感覚過敏をはじめとする発達障害特有のストレス、メンタルのもろもろの不調などで、ふつうの人よりはあきらかに人生を「休養」に費やす必要があった。 SSRIや抗不安薬、睡眠薬にお世話にならないと長年「休養」という概念を体が感じ取ることすらできないほどの状態だったが、ちょうどこの本に書いてあるようなことを1年ほど実践することでかなり体調がよくなってきた(別の記事でも書くが今は断薬のフェーズに入っている)。 この本がほか

映画「関心領域」――誰が目を逸らしているのか?

2023年のカンヌ国際映画賞でグランプリを獲得した「関心領域(原題:"The Zone of Interest")」が24日(金)に公開された。 カンヌ国際映画祭は今年、政治的発信を徹底的に禁止している。 監督はジャミロクワイの「ヴァーチャル・インサニティ」MVなどを手掛けたジョナサン・グレイザー。 映画は全編静的なカメラで展開され、固定された視点を人物がうごいていく「絵画的」と形容してよい画面が続く。 三年間かけて築いた美しい庭園と自然のなかで、多くの子供たちに囲ま

今日の読書『ザ・ビデオ・ゲーム・ウィズ・ノーネーム』

先日友人と通話していた際に――なんの話をしていたかは完全に忘れてしまったが――ふいに福井県の話題が出た。 私自身は足を運んだことはない。 というか、名物らしい名物は、はっきり言って蟹しか知らない。 あまりに福井県についての情報に乏しく話題に窮した私は「福井県といえば『福井県鯖江市』じゃない?」とぽつりと呟き、discordに『福井県鯖江市』のリンクを貼った。 眼鏡、近松門左衛門、Vidro、幽霊話、クソくだらないお役所仕事、etcetc……。 書籍版が発売されて7年も経

ひとくち批評:よしながふみ『環と周』――いま刃を置いて輪廻を断つ

(この記事には一部ネタバレが含まれます) 出先で読み始めたらそのまま泣いてしまった漫画は、人生で初めてだった。 よしながふみの新作連作短編集『環と周』である。 娘の成長に戸惑う両親、 女学生たちがほんの刹那の間に育んだ友情、 余命わずかな女性が出会った幼い少年、 復員後再会したふたりの兵士、 そして男を討つ女。 それぞれの「環」と「周」には、子の成長と老い、婚姻と出産、病、戦争、嫉妬と殺人という「ままならない」因縁が二人を結びつけるようにまとわりついて、生に暗い影を落と

読書好きな人に100の質問 後編

前編はこちら 52.読書記録のアプリやサイトを利用してる? Xの鍵アカに記録を残す程度ですね。選書そのものがある意味商売道具なので、秘密です。 53.図書館によく行く? 引っ越して遠くなったのであまり行かなくなりました。以前は毎週利用していました。 54.図書館をどう思う? 私自身裕福な家に生まれたわけではないので、重要なインフラです。無料で時間を潰せる公共空間には昔随分救われました。 55.ベッドで読書する? 「ベッドには三つの役割がある。ひとつは眠ること、ふたつめ