【書評】辻村深月『傲慢と善良』―この本の読み方を教えてほしい
ハードルを上げすぎてしまったのかもしれない。
このnoteでは基本作品に対するポジティブな感想を書いているのだが、お盆休みに一気読みしたこの本に限っては、どうしても「良い感想」を持てずにいる。
「婚活」「アプリ恋愛」をテーマにした小説・漫画などはかなりたくさん出てきていて、今となってはメジャーな題材だ。
私自身、心の底から面白いと感じた恋愛漫画はいくつもある。マッチングアプリを使っていた頃は特に好んでそういった作品を読んでいた。
作者によるほぼ実録エッセイマンガ。Tinderで20歳近く年下のイケメンをどんどん入れ食いしていく様子は痛快の一言。何が起こっても特にへこたれない強靭すぎるメンタルと尽きぬ性愛への好奇心。こういう性格とリビドー双方が至極カラッとした人のためにTinderのようなアプリはあるのだと実感させられる。
「傲慢と善良」というタイトルには先の小説よりこちらの漫画が相応しいかもしれない。実家暮らしでパート勤め(しかも職場で嫌われている描写が明白にあるのが厳しすぎる)43歳女性がマッチングアプリで性欲の底なし沼に堕ちてゆく。かわいい絵柄だが本物のホラー漫画。
……そして『傲慢と善良』は、既に婚約した新婦(坂庭真実)が、ある日ストーカーに攫われて失踪する、というところから物語が始まる。
真実に何があったのか。ストーカーは誰か。自分になんの落ち度が……。そう思い彼女の故郷を巡る恋人の西澤架は、聞き込みを通じて少しずつ真実に近づいてゆく。
確かに婚活は相手を選ぶ行為と自分への無駄に高いプライドから来る「傲慢さ」と、恋愛経験によって擦れることがなかった人間特有の「善良さ」が双方邪魔をする。
周囲を見渡していて「結婚」にとらわれているな~と感じた人(急に婚活アドバイザーを始めたり……結婚式の一挙手一投足の指南を始めたり……)はほぼ100%でこのくだりだけは読んだ方がいい、と思うのだが、別にそれを言語化するだけならジェイン・オースティンの『高慢と偏見』でも良い気はする。
「婚活」を題材にするならば「恋愛」と違って同居や家事分担やキャリア、出産といったタームが見え隠れしなければならないはずなのだが、架と真実の二年間にその影は全く、ひとつも見えてこない。
ふんわりした約束とティファニーの指輪だけがインスタのキラキラフィルターつきで先走った状態で、片方は嘘をついて逃亡して、「さあこれから大恋愛をします」と言われても、だ。
真実がたどり着いた場所も正直なところ「禊」……いや個人的に言わせれば「戒め」にしか見えず……(「戒め」というジャーゴンの持つ身勝手さと失礼さくらいでしか真実の行動を形容できないのももどかしい)。
真実に対して過干渉な母親と姉。謎めいた結婚相談所の夫人。二人のお見合い相手……と面白くなりそうな要素はあるのだが、ミステリーのギミックとしても主人公を駆動させる装置としても中途半端なのが気にかかるし、特にやや深刻な母親の問題も最後まで宙づりになったままだ。
「結婚は当人同士のもの」というお題目は結構だが、仕事、実家、友人、地元全てに何の決着もつけずにただ宣言されたところで本当にただの頭お花畑にしか見えないのが現実ではある。
そのぽわぽわさこそが架と真実の婚活が失敗し続けた最大の要因なのだとしたら……それはそれでお似合いかつ恐ろしいラストではあるのかもしれない。彼らに異性間の結婚などという特権はやはり早すぎたのではないか。