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生きてゆく道連れは 夜明けの風さ~読書note-32(2024年11月)~
大河ドラマ「光る君へ」で、遂に藤原道長の「望月の歌」が登場した。冒頭の写真は道長が詠った約1000年後の11月の満月前夜の月(2024年11月15日。満月の16日は悪天で月見えず)。
この世をば 我が世とぞ思ふ 望月の 欠けたる ことも なしと思へば
百人一首にも選ばれたこの歌の現代語訳は、「この世で自分の思うようにならないものはない。満月に欠けるもののないように、すべてが満足にそろっている」と、摂関政治の頂点を極めた道長が、得意満面に我が世の春を謳ったとされてきた。
でも、11ヶ月この大河で道長の苦悩を見続けてきたら、そんな解釈とはならず。ようやくここまで辿り着いたとの万感の思いと、自身も要職を退くこととなり、欠け始めていくことを悟った「この世」の掛詞である「この夜」、ささやかな(充分豪華な宴だが!?)一夜の喜びを詠ったのだなと。
そんなこんなで、まだどこにも上り詰めてない、何も成し遂げてない吾は、読書の秋を満喫するのみ。11月は6冊中3冊が市立図書館から借りた本。今までは新刊は諦めて文庫本になった時に買って読んでたが、読みたい本は図書館で予約して読むことにした。奇しくも、「月」の本からスタート。
1.月の立つ林で / 青山美智子(著)
9月に読んだ「赤と青とエスキース」が余りにも素晴らしかったので、著者の作品をもっと読みたくなり、市立図書館でこの鮮やかな濃いブルーの表紙が目に留まったので借りる。昨年の本屋大賞5位で彼女の本領発揮!?の連作短編集。
長年勤めた病院を辞め就活で苦戦する元看護師、宅配便の契約社員で働きながら夢を追い続ける芸人、娘の出来婚を許せないでいるバイク整備士、ひとり親の母から独立したくて内緒でバイトを始めた女子高生、仕事が忙しくなり夫と義母と距離をおきたいアクセサリー作家、この5人が各章での主人公。
5人の共通点は、タケトリ・オキナという男性のポッドキャスト「ツキない話」を聴いていること。「月」をテーマにした毎日10分のたわいもない話が、5人の心にポッと光を宿す。そして、5つの物語の登場人物が、何らかの形で他の物語に関係(登場)してくる。互いを知ることもない、見えない繋がりで。いやぁ、とても良く出来た構成で、どの話もほっこり。でももし、コレを先に読んでいたら、あの「赤と青と…」の仕掛けに気付いてしまったかも。
しかし、月の満ち欠けってホント不思議だなぁと。冒頭の望月の歌ではないが、満月ひとつで色んなことを想像させるんだもん。そして、本作を読んで新月の印象が変わった。新月って暗闇ではなく、新たなスタートなのだと。次の新月の時、何か始めてみようかな。
2.爆弾 / 呉勝浩(著)
昨年のミステリー2冠で直木賞候補にもなった話題作が文庫化されたので購入。呉さんは初めて。爆弾犯と警察との知能戦が野方署の取調室で延々と繰り広げられる、ノンストップミステリー。
文無しで自堕落で良心が麻痺した中年男の自称スズキタゴサクは、酔って酒屋の自販機を蹴り、店員を殴り捕まる。我が青春の地・沼袋(大学4年間住んでた)が事件現場。野方署の等々力から取調を受けていると、霊感だと言って爆破を予言し、実際に爆破が起こる。
2度の爆破後に取調は警視庁特殊犯係の清宮と類家に替わり、スズキは爆弾の在処のヒントをクイズとして出す。「羊たちの沈黙」のレクター博士のようなサイコスリラーの犯人とは一味違い、いわゆる「無敵の人」で屁理屈を次々と並べ、交渉のプロ達を翻弄する。
スズキのキャラは到底好きにはなれないが、全く受け付けないと読み進められない。何故こんな未曾有の殺戮を起こしたのかの謎を解きたい、という欲望だけでページを捲る。いつの世でも凶悪な犯罪を起こす人間は無くなりはしない。社会の悪や風潮とどう向き合って行くべきか、無意識に命の選別を我々もしていないか、色々考えさせられる。
ただ、読み終えた時に不謹慎ながら、「スズキタゴサクのゴタクをもっと聞いていたい!」と思ってしまった。どうやら、続編も出たようなので、ちょっと楽しみ。
3.東京都同情塔 / 九段理江(著)
著者が以前「あの本、読みました?」で三島の再来と言われたい、と仰ってて、三島好きとしては読んでみたいと思ってたところ、予約してたこの昨年の芥川賞受賞作が市立図書館で借りられたので一気読み。
主人公の建築家の牧名沙羅は、ザハ・ハディド案の国立競技場が建設され、2020年に東京オリンピックが開催されたパラレルワールドで、今の新宿御苑の辺りに建設予定の刑務所「シンパシータワートーキョー」のデザインコンペに応募する予定。しかし、犯罪者を「ホモ・ミゼラビリス」と言い換えてしまう、社会学者で幸福学者でもあるマサキ・セトが提唱するコンセプトを好きになれずにいる。
ナンパして付き合い始めた(恋人ではない)年下の美青年・拓人が、「シンパシー...」を「東京都同情塔」と言い換えたことで少し吹っ切れる。己の脆さや弱さをさらけ出す長過ぎる沙羅のモノローグと母親との辛い過去を持つ拓人の冷めた語りに、中々共感出来なくて物語に入り込めなかったなぁ。
あと時折入る生成AIの文章がやっぱ平坦に感じて、せっかくの九段さんの美しい文体が分断されてしまったようで。例えば、小川洋子さんの文章なども淡々とした印象なのだが、やっぱ人の温かみを奥に感じるものなので。
多様性の受容と平等主義が行き過ぎるという本作のテーマだけでなく、小説の世界でも、こんな近未来が待ってるのかと少し惑う。やっぱ芥川賞受賞作はクセが強いのぉ。
4.カフネ / 阿部暁子(著)
「あの本、読みました?」の食がテーマの回を見て、市立図書館に速攻で予約。1人待ちだったので、直ぐに借りれた。埼玉の本好き友からこの本が予約91人待ちだと聞き、都会の図書館は凄いなと。田舎じゃ多くてせいぜい30人待ち位だもん。
阿部さんは初めて。昔から漫画では「クッキングパパ」や「深夜食堂」に「 きのう何食べた?」など、食べ物で人々を勇気付けたり癒したりする作品が多かったが、最近は小説も多くなったなぁ。原田ひ香さんや小川糸さんなど、食をテーマに書く作家さんも増えたし。
主人公は法務局に勤める野宮薫子、可愛がってた弟の春彦が急死、夫の公隆とも離婚し、アルコール依存症になり生活が荒れる。春彦が遺言書を遺したことが分かり、そこには相続人に元恋人・小野寺せつなの名があった。両親から相続について任された薫子は、せつなと会って遺言の話をするが、せつなは相続を拒否。そんなやり取りをするうちに、せつなが勤める家事代行サービス「カフネ」の土曜サービス事業を手伝うことに。
これは見事な「バディもの」だ。薫子とせつな、互いの性格も考え方も違う二人が、食べることで距離が過ごしずつ縮んでいく。妻と別居中の自分は、たまには誰かと一緒に食事をしたいなと思ってしまったよ。
5.N / 道尾秀介(著)
11/14放送の「あの本、読みました?」で道尾秀介さんが、「どんな商品でも売上が落ち込んだら商品改良をするのに、小説の場合は何故か読まない方が悪い、何故本を読まなくなってしまったんだ、みたいな言い方をする。売れなくなったら、当たり前に商品改良すれば良い。世の中に無かったものを出して、読者を呼び戻したい」と仰ってるのを聞き、面白い作家さんだなぁと思って即購入。
「名のない毒液と花」、「落ちない魔球と鳥」、「笑わない少女の死」、「飛べない雄蜂の嘘」、「消えない硝子の星」、「眠らない刑事と犬」(とりあえず印刷順に並べた)の6つの章からなる。そのどの章からどの順番で読んでも良く、そして読む順番によって印象が変わる、という画期的な体験型小説。自分自身で6×5×4×3×2×1=720通りの中から、一つの順番を選んで物語を楽しめる。
内容は連作短編のミステリーなのだが、同じ事件を違う視点で(主人公を変えて)書いてあったり、違う章の登場人物の若い頃の話だったり、6章の登場人物がリンクしていて、また、それぞれの章で一応話が完結しているので(謎は残ったりするが)、どこから読んでも楽しめる構成となっている。
道尾さん曰く「読んだ人が皆、自分の順番が一番だと仰る」とのことで、いやぁ、自分もまさにそう思った。2つ目の章を読んだ時に時系列が遡ったので、「これ先に読むべきだったか」と一瞬思ったが、真相が倒叙形式で明かされるようでこの順番で良かったと思えてしまう。ホント、そこがこの本の凄さ、不思議さなんだよね。自分がどういう順で読んだかは記さない。この本は、他人のそういう情報を一切入れずに、自分の感性で読み進めた方が面白いと思うから。
自分のように小説を普段からかなり読み込んでいる人間にとっては、ストーリーに深みが無くてちょっと物足りない気がするのだが、それはこの構成上一つのテーマをずっと深堀していく訳にはいかないので、やむを得ないのかなと。でも、それを補って余りある不思議な読後感、満足感がある。
あぁ、数年後に違う順番で読んでみたい!!
6.食堂かたつむり / 小川糸(著)
小川糸さんは、ちょうど2年前に読んだ「ライオンのおやつ」以来。「あの本、読みました?」の三部作特集の時、初めて「ライオンのおやつ」が三部作なのだと知り、最新作の「小鳥とリムジン」を速攻で市立図書館に予約し、その前に読んでおこうと読みこぼしていた三部作最初の本作を購入。
同棲中の恋人に全てを持ち逃げされたうえに、その衝撃で声を失った25歳の倫子が主人公。文字通り一文無しになった倫子は、しょうがなく15の春に飛び出した故郷のおかん(母)のもとに戻る。実家を出た後に世話になった祖母から教わったり、長年様々な料理店で働いてきた経験もあり、自分にはもう「料理」で生きて行くしかないと決意する。
おかんから開店資金を借り、かつて小学校の用務員で昔から馴染みの熊さんに何かと手伝ってもらい、実家の物置小屋を改装し、「食堂かたつむり」を始める。一日一組だけのお客様をもてなし、事前にお客様と筆談で打合せをして、ふさわしいメニューを考える。
お客様に寄り添う温かな料理が、お客様だけでなく、倫子本人にも元気や癒しを与えていく。料理にはそういう力がある。息子達が高校卒業するまでの10数年間、帰りが遅い仕事だった妻に代わり、自営で時間の融通がきく自分が息子達の夕飯を作っていた。毎日、自分の作った料理を息子達がモリモリ食べてくれて、逆に元気もらってたなぁ。
今やすっかり料理をしなくなってしまったけど、また始めてみようか。食べてくれる相手の笑顔を想像して作ることが出来ないのは寂しいけど、自分自身のために。
先日、「NHK MUSIC SPECIAL」で寺尾聰特集をやっていた。スタジオライブの1曲目に「HABANA EXPRESS」、いやぁ、この曲聴いたのって、「Reflections」聴きまくってた中1以来かも。その後43年間、「ルビーの指環」は何度も聴く機会あったけど、アルバム冒頭の曲なんて、全く耳にしなかった。でも、「Habanaの風に酔い~」と自然とサビを口ずさんでた。
一瞬で中1の頃に戻った気分で、歌の力って凄いなと。サビラストの「終りのない恋なんて 多分恋じゃないぜ」なんて歌詞が、43年後こんなに胸に刺さるなんて、中坊の俺に教えてあげたい。
番組後半のインタビューで、寺尾さんが「自分が亡くなった時は、きっとTVは『ルビーの指輪』一色になると思うけど、俺としてはこの曲を流してほしい」と仰っていたのが、「出航 SASURAI」。我々世代は、当時ルビーとかと3曲同時ベストテン入りしたのでよく知っているが、ホント良い曲で一番好き。
道長のように天下を獲ることもない、残りの我が人生に寄り添ってくれるのは、夜明けの風だけなのかもしれない。