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『散文詩あるいは物語詩』本の森 言葉の杜

何度でも、どんな形式でも、というお言葉に甘えてもうひとつ。メディアパルさんの、こちらの企画です。

#本屋さん開店します




本の森 言葉の杜


二間幅ほどの入り口はいつだって、海に向かって開かれている。骰子さいころを二つ重ねたような、素っ気ない、愛想も何もない建物。板張りの外壁は、それでも一階と二階で板の並びが、綺麗に交互になっていて、入り口のすぐ上に、自然に割れたような板に、「本の森 言葉の杜」と手書きをされた看板が、ほんの少し左に傾いで、無造作に掲げられているばかり。


入るとコツン、と足音が響く。初めての客はまずその音にびっくりして、一瞬床に眼を向ける。節目だらけの板張りの床。「驚かせましたか」真ん中に置かれた、これも手作り感満載の、二人掛けの木板のテーブル。口髭顎髭の四十がらみの男性が、足を組んだまま、柔和な笑みをこちらに向ける。ああ、いえ・・・応えながら、壁一面に留められた紙に、客は否応なく眼を奪われる。


十坪ほどの小さな店内。いや、これはお店と呼べるのかどうか? テーブルを越えて、正面にキッチン。向かって右の壁に沿って、かなり急な角度で階段が上がっている、これも木造の、ひとりがやっと立てるほどの。階段の下に、十四、五段ほどの書類棚が四つ。そしてこれも、節目だらけの煤けたような焦茶っぽい板壁に、隙間なくびっしりと、A4の紙が留められている、まるで、壁の汚れを見せまいとでもしているかのように、ぐるりと部屋を囲むように。どうしたって、客はそれが気になって仕方がない。


どうぞ、ご覧になってください、と、微笑んだまま髭面の男性が客に言う。ああ、それとも本を販売される? ハッと気づいて、手持ちの鞄からごそごそと、客は一冊の本を取り出し、同人誌っぽい二百ページほどのそれを、男性の眼の前に恐る恐る差し出す。良い装丁ですね、本と客の顔を交互に見ながら男性は言い、初めて・・・ですよね? と重ねて尋ねる。


仕組みはこうだ。出された本を複写して、A4の紙の縦左上四分の一のところ、A6サイズのスペースに貼る。残り四分の三で、客は本について自由に書き込む。ここで書いてもいいし、持ち帰って書いてきてもいい。それを、髭の男性(彼が店主だ)が受け取って、壁に貼り出す。それを見て欲しい客がいたら、店主が取次をする。貼り出している期間に売れた冊数から、何パーセントかのマージンを取って、それで終了。なので、売りたい客はポップかチラシのようにデザインに工夫を凝らす、あるいはびっしりと、主張したいことをそこに書き込む。価格も決めるのは売りたい客だ。そうやって書き込まれたたくさんの言葉が、壁一面から、あたかも襲いかかってくるかのよう。頭がくらくらしませんか、客は必ずそう尋ねる。まあ、慣れだね。店主は言って本を手に、狭い階段を上がってゆく。カンカンと乾いた木の音が、ゆっくり二階へ上がってゆく。


ややあって写真と本を手に、足音を響かせながら店主が下りてくる。そのあいだ、客は張り出された説明書きを読み続ける、まるで飲み込まれたかのように。面白いものがありましたか? 写真と本を差し出しながら店主が尋ねる。あ? ややうろたえて客が応える、ええ、皆さんすごいですね・・・。いいでしょう、いっぺんにこれだけの本が見られる。確かに。あ、でも、と、不意に気づいて客は尋ねる。僕のこれ、貼るところがありますか? 店主は上の方を指さして、古い順にはずしていきます。じゃあ、これを全部ずらしてゆく? 全部、というか、区画が決まってるんでね。それにしても・・・客は呆れたようにつぶやく、大変ですね・・・


本は、見本に置いていかれてもいいですよ。チラシは(と、店主は言う)、ここで書かれますか、それとも後日? 後日持ってきます、と客は言い、本をそのまま置いておくほうが楽じゃありませんか? そう尋ねると、狭いからね、こともなげに店主は答えた。そうして気づくと、テーブルの上にも書類の束が置かれている。ここを作ってから、まだ一度も捨てたことはないですよ、そっちの棚も全部。上にもね。それを聞くと、客はくらくらと、強い眩暈めまいに襲われる。コーヒーはいかが? 遠くで店主の声がする。そう言えば、海風は店のなかまでは入ってこない。




さていかがでしょう? こういうのを本屋と言えるのかどうか。ハテ?
窓がないのは、日差しで紙が灼けるのを避けるためです。




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