『詩』神籤を引いて僕らは旅に出る
軒下に 真っ赤に柿の実が熟している
沈んでしまった夕日の代わりに 僕たちは
それを道標に旅に出る 小さな軽便鉄道で
昨日ふたりで引いた山の上の
神社の神籤に書かれていたのだ
揃って旅に出るが吉と 別にそれを
鵜呑みにしたわけではないけれど
僕らはこうして旅に出てきた 軒下で
柿が甘く熟していたので
きっかけなんてそんなものよ、と
君はにこやかに微笑んで
膝の上にタブレットを開く まるで
買い忘れてきた駅弁のように
君は駅弁を覗き込んで
タッチペンで一点に触れる 一滴の
それはぽとりと雫になって
タブレットの真ん中に島ができる そうやって
君は創世の神になる
それを神籤が教えてくれた
では僕は何をしよう?
意味なくリュックに放り込んできた 一冊の
撓んだ詩集のページからケントが香る
昔ふたりで見た映画のなかで
ヘップバーンが吸っていたケントが
軽便鉄道がどこかに着いたら
ヘップバーンのように朝食を取ろう たぶん
小さな駅前食堂で きっかけは
きっとそんなものだから
僕らは夜を行くのかもしれない 乗ったのは
夜行列車ではないけれど 軒下で
干し柿が黒くなってゆくので
僕らは夜を行くのかもしれない
君はおもむろにタブレットを閉じて
窓ガラスにそれを押し付ける いつの間に
列車はタブレットのなかを走っている
タッチペンから滴った雫の島だ 人生は
よく旅に例えられるけれど
むしろ旅なんてこんなものだ あの山の
神社で神籤を引かなければ 今頃は
都会の小さなマンションで
ふたりでヘップバーンを見ていただろう
ポップコーンか何かを食べながら
そう言えば、とふと僕は思い出す
あの神籤は吉だったかい?
それはどうでもいいんじゃない?
にこやかに微笑んで君は応える こうやって
だって軽便鉄道に乗ったから
そうしてタッチペンで宙に書く 僕が知らない
ふたりで降りるはずの駅の名前を
自分の将来を御神籤に託す、なんてことはあるかも知れませんね、僕自身は生まれてこのかた御神籤を引いたことは一度もないけれど。ひょっとしたら人生は、そのくらい軽い気持ちでいた方がいいのかもしれません。別に神頼みを軽視しているわけではありませんが。
軽便鉄道というのは、普通の鉄道に比べ線路の幅が狭く、その分車両も小型のものを言います。有名なところでは黒部渓谷鉄道がそうですね。
うちの近くでは三重県を走る三岐鉄道の北勢線というのがそれ。もともと三重と岐阜を結ぶ予定で「三岐」と名付けられたのが、何の具合か三重県いなべ市までで終わってしまい、今に至っています。それでも北勢線と三岐線のふたつの路線があって、軽便鉄道は北勢線のほう。のんびりとした可愛らしい鉄道だけど、ちゃんと電化されています。
あと、干し柿は好きではないけれど、軒下に吊るされた干し柿は風情がありますね。下の画像は長野県妻籠宿での一枚。随分前のものだけれど。
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