マガジンのカバー画像

灼熱のグランパ

40
山科清春の詩集(1991-1997)です。
運営しているクリエイター

記事一覧

灼熱のグランパ

 

 そのジジイには近づくな。

 熱いジジイだ、火傷する。

 その名は知らんがもし知れば

 きっとおどろく名前だぜ。

  目を閉じているぞ。

  眉毛がながいぞ。

  禿頭だぞ、完ぺきな。

  巨大な体格。

  太い首。

  太いくちびる、笑ってる。

  大きなししばな。

  太い腕。

 ほら見ろ、奴が立ちあがり、

 野良犬にエサをやっている。

 あったかそうなまなざ

もっとみる

月兎

 月兎のルビいろの目玉を集めているのは誰?

 それは麦わら帽子の少年

 キラずきのホアキン君です

 《フリフリの神さまだよ》

 キラずきのホアキン君は

 月兎の落下点に目星をつけて

 宇宙から落ちてくるやつらの落下傘を

 ブーメランで打ち落とします

 《神さまがブーメランを動かすのさ》

 月兎の体はフワわたで覆われているので

 それが広がって落下傘の役目をするのです

 《フリ

もっとみる

ナユタの翼

 鯨見の丘にのぼって、入り江を見おろせば、

 海は炎に包まれて、鋼鉄の鯨が炎を立ち上げている。

 空を埋め尽くす閃光は、美しいけど花火じゃなくて、

 他の銀河のはじけちる、最期のすがたなのだ。

 僕は、君は、それに、

 君が胸に抱くちいさな子犬は、くずれゆく世界の上で、

 なすすべもなく、くずれゆくのだ。この世界とともに。

 僕たちに足りないもの。

 それさえあれば、僕たちは助かっ

もっとみる

ハリセン兄さん

 

 スポットライトの舞台の上

 二人の声が響きます

 私は十九で 初舞台

 相手の あなたは大師匠

 しゃべくりだったら この人と

 有名なのです 今だって

 だけど あなたは 押しが弱く

 『ヘタレのハリセン』と 有名で

 かつての相方に 見捨てられ

 むこうは とっくに 全国区

 私は もともと 他所の者

 『ヨゴレのヨーコ』の イヤな過去

 マイク片手の スナック

もっとみる

お天気象さん



 お天気象さんは

 雨の中

 庭の芝生の 百葉箱

 お仕事ですから チェックします

 飼育係の シーク君は

 ブラシと セッケンを持ってきて

 象さんの身体を洗います

「お天気象さん かゆい所ないですか?」

「お天気象さんは かゆい所あります」

 今日は意外と しおらしく

 臆病なシーク君は ほっとします

「どこがかゆいの? お天気象さん」

 お天気象さんは うわのそ

もっとみる

クミコせんせい



 せんせい。せんせい、クミコせんせい。

 せんせいはすごく美しいですね。

 せんせいはキレイなお顔ですね。

 せんせいはキレイなお声ですね。

 僕はそんなせんせいが、なんだかとってもうらやましいのです。

 せんせい、僕らはあいつらが嫌いなんです。

 クラスの女子なんて僕なんかよりずっとデカくて、

 すごくうるさくて、まるでバカばかりなんです。

 そんなやつらになんて、僕はモテ

もっとみる

チャネリング博士



 わしはエスパーの馬場ひでざえもん博士である。

 これこれ、見回しても誰もおらんわい。

 テレパシーで君の頭に直接話しかけておるのだ。

 わしはいま、薄暗い自分の研究室で。

 新しい発明品の実験をしておるところである。

 もし君がいま部屋に一人でいて、

 なにもかもが厭になって、

 だれもかれもが嫌いになって、

 自分を消してしまいたいなんて思っているのだったら、

 消えて

もっとみる

オドレ! オドレ!

 《第2のダンス》

 たぱたぱ、たぱたぱ。

 「あ、叔母上様。

  ごめんなさい。」

 ちゅんた、ちゅんた。

 ちゅんた、ちゅんた。

 「これ、彦十や、

  かきむしってはなりませぬぞ。」

 とてん、くりりん。とてん。とててん。

 「でも、ものすごく、こそばゆくて、

  もうたまらず、ついつい、

  かきむしってしまいます」

 たぱたぱ、たぱたぱ。

 「これ、彦十や、

もっとみる

森の国の話



 昔、このあたりは《森の国》という国だった。

 鳥人―――翼の民の国だ。

 彼らは樹上に家を作って暮らしていた。

 彼らは森とともに生きていた。

 弓の名手だった彼らにとっては、

 狩りはもっとも得意とするところだった。

 秋には木の実を取って食べ、

 余った分は厳しい冬に備えてジャムを作った。

 それはもう、格別の味だった。

 彼らは夜は歌を歌った。

 

もっとみる

大草原花魁道中



 鈴の音、風の音、蹄の音。

 草の海渡る、麗人の群れ。

 装飾過多の斑馬

 その背の鞍は御輿様

 

 我見たり。

 かつて見ぬ輝かしき女、

 御鞍の上にありしを。

 その面、眩しきほどに白く、

 紅き唇まことに静やかにして、

 遠く見つめる瞳の奥深さ。

 美しき女なり、されど、悲しき女なり。



 鈴の音、風の音、蹄の音。

 黒髪に虹の簪、

 遥か蒼穹に映

もっとみる

綺麗なもののけ

 綺麗な顔は、

 あれ嘘です。

 美しいあの女が、

 《もののけ》だということをしりました。

 あの瞳に見つめられるたび、

 動けなくなるのは、

 彼女が《もののけ》だからです。

 思わす接吻したくなるような薔薇色のくちびるは、

 あれはじつは、僕を惑わす妖しの罠なのです。

 闇夜にはあの艶やかな肌に鱗を生じ、

 蛇のように裂けた口には、

 細かな牙がびっしりと並ぶのです。

もっとみる

クルマノ・フォビア

  1

 僕はクルマの後部座席に乗っている。

 とつぜん、運転手が消えていなくなり、

 あわてて、僕は後ろの座席から手をのばして運転をする。

 クルマは暴走して、ヒトをどんどん轢殺する。

 僕がゴキゲンにクルマを運転している。

 いきなり、ハンドルが取れてしまったりする。

 きゅうに、ブレーキが効かなくなり、

 クルマは道を越えて走りだす。

 クルマはあばれまわり、ヒトをバタ

もっとみる

水泡

 地上数十メートルの、

 トイレットの中で、 

 金の勘定をするのだ。

 ヤチン、ガクヒ、セイカツヒ。

 デンワ、デンキ、ショセキダイ。

 必要な金額を計算してみる。

 貯金の額を書き出してみる。

 オカネ。ジカン。あるばいと。

 ショウガクキンに、オヤノスネ。

 それらを書き殴ったトイレットペーパーで、

 ケツを拭き

 クソと一緒に

 流してやった。 

もうすぐお母さんになるあなたへ

 あなた。

 あなたの赤ちゃんが

 元気に産まれ、幸せに育ちますように―――

 そんな願いを、あなた。

 

 すれ違う人々の微笑みの中に

 道行く人々のまなざしの中に

 それぞれみんなから受けているんですよ。あなた。

 たぶん、そうだと思います。

 あの、イガグリ頭の中学生は違うかもしれませんけど。

 まあ、思春期ですから、許してあげましょうね。