綺麗なもののけ


 綺麗な顔は、

 あれ嘘です。

 美しいあの女が、

 《もののけ》だということをしりました。

 あの瞳に見つめられるたび、

 動けなくなるのは、

 彼女が《もののけ》だからです。

 思わす接吻したくなるような薔薇色のくちびるは、

 あれはじつは、僕を惑わす妖しの罠なのです。

 闇夜にはあの艶やかな肌に鱗を生じ、

 蛇のように裂けた口には、

 細かな牙がびっしりと並ぶのです。

 くちづけしようとしたとたん、頭から食われるのです。

 抱きしめようとしたとたん、ぐるぐる巻きにされて、

 僕は陶酔しながら窒息死するのです。

 ありがとう、クエビコ様。

 おかげであの女の正体がわかりました。

 あいつの名前は蛇女、

 僕を食べるつもりです。

 ぺろぺろ長い舌を動かし、長い蛇身をくねらせながら、

 二階の僕の部屋まで上がってきて、

 僕の全身をなめまわして、

 どこがおいしいかを探すのです。

 きっと、おいしいところは最後に食べるつもりなのです。

 いくらふだんの姿が綺麗でも、

 彼女が《もののけ》である以上、

 僕はあの人を殺さねばなりません。

 いくら、ネズミを食べてくれるからといって、

 蛇女であるあの女は人間の敵なのです。

 クエビコ様に聞くところによると、

 駅前の桑田さんの雑貨屋の三千円の包丁だけが、

 奴を倒す事ができるただ一つの武器なのだそうです。

 あれは実は神剣アメノハハキリの生まれ変わりなのです。

 あのステンレスの刃の中に、

 わずかながら、神の金属ヒヒイロカネを含んでいるのです。

 だから、僕は貯金箱を割ってお金を集め、

 自転車に乗って駅前に行きました。

 桑田金物店で御札とともに神剣アメノハハキリを授かり、

 急いで家に帰ってきました。

 その夜、僕は枕の下にアメノハハキリの神剣を隠し、

 いつもどおり部屋を暗くして、

 布団を深くかぶって、眠っているふりをしました。

 思ったとおり、《もののけ》はやってきました。

 蛇女は僕が眠っているベッドに乗っかってきて、

 僕の名前を呼びました。

 僕はドキドキしたけれど、

 枕の下に手を入れ、神剣を握っていました。

 それを握ってさえいれば、《もののけ》が恐くないのでした。

 奴は僕のふとんをめくり上げ、くねくねしながら、

 ぼくのパジャマを脱がしにきました。

 毎夜僕の身体をなめ回す蛇女を、

 いまこそ、ついに退治する時だとおもいました。

 僕は神剣を枕の下から引き抜き、

 蛇女にむかってなぎはらいました。

 全身をかたい鱗で覆われているために、

 なかなか倒せませんでしたが、

 やつの首に神剣を突き刺して、とどめをさしました。

 蛇女は死んでもまだ、お母さまの姿をとどめていました。

 《もののけ》は僕のお母さまを殺して、

 お母さまになりかわっていたのでした。

 だから、それはお母さまの姿をしていても、

 それはお母さまじゃないのです。

 決してお母さまじゃないのです。

 僕は蛇女の死骸を二階の窓から庭に捨てました。

 お腹をすかした六匹のシェパードが、

 いっせいに走り寄ってくる音が聞こえました。

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