森の国の話


 昔、このあたりは《森の国》という国だった。

 鳥人―――翼の民の国だ。

 彼らは樹上に家を作って暮らしていた。

 彼らは森とともに生きていた。

 弓の名手だった彼らにとっては、

 狩りはもっとも得意とするところだった。

 秋には木の実を取って食べ、

 余った分は厳しい冬に備えてジャムを作った。

 それはもう、格別の味だった。

 彼らは夜は歌を歌った。

 先祖代々歌い継がれた、遠い神話のころの歌を。

 風と弓と琴を愛した、平和な人々だった。

 そう、平和だった―――奴らが来るまでは。

 島の外から、違う人々がやってきたのだ。

 鉄砲を持った人たち、翼の退化した、飛べない人々だった。

 最初はまだ、彼らも友好的だった。

 奴らは平原に住み、鳥人は森に暮らした。

 お互いに、助け合ってゆけた。ある時点までは。

 奴らは農耕をするために、

 大地を燃やし、大地に鍬をいれた。

 耕地はまたたく間に広がり、すぐに足りなくなった。

 奴らは森を切り拓き始めた。鳥人たちの住む森。

 梢には彼らのちいさな家が作りつけられている、樹の幹を鋸で切った。

 その平和を、斧でぶったぎった。

 奴らは鳥人に樹上から下りて、地面に住めと云った。

 土地をあたえるから、畑を耕せと云った。

 だが、考えてもみるがいい。そんなことは無茶だ。

 風に乗って大空を舞い、雲の高みに鷹を追う、誇り高き翼の民が、

 大地に縛り付けられて生きられるものか。

 地面に足を埋めて死ねるものか。

 彼らはその尊厳と未来とをかけ、《翼なきもの》に戦いを挑んだ。

 率いるのは大首長カイキドス。

 伝説の疾翔大神のごときお方よ。

 巨大で獰猛な鷹の神さえ一撃で倒す毒矢をつがえ、

 空から放った。

 鳥人たちははじめてこの矢を、獲物を狩ること以外に使った。

 それは奴らの兵士の多くを地面に這いつくばらせたが、

 敵の鉄砲もまた、多くの鳥人を撃ち殺し、大地へと墜落させた。

 戦いは続いた。両軍におびただしい数の死者を出した。

 大首長カイキドスはほんとうに勇敢だった。

 巧みに軍を率い 敵を翻弄した。

 鳥人たちがこれほど反撃するとは思わなかったのだろう。

 敵は和睦を申し込んできた。

 もうこれ以上の流血は、どちらも望んではいなかった。

 話し合いで平和が戻るならば、

 それは鳥人たちとしても望むところであった。

 大首長カイキドスは和睦の宴に招かれ、

 敵方の首領とともに酒を酌み交わした。

 異国の酒、美味なるも激しい酒、毒の酒だった。

 それは奴らの策略でもあった。

 カイキドスは一口飲んで泥酔したところを、

 背中から敵の首領に斬られた。

 その背の褐色の翼は切り落とされ、

 土と血にまみれた。

 そして、それからは知ってのとおり。

 騙し打ちにより大首領を失った鳥人たちは、

 敵の大軍勢に圧倒され、蹂躙されるがままとなった。

 鳥人は天駈ける翼を持ちながら、

 飛ぶ事を禁じられ、

 鳥を狩る事を禁じられ、

 おいしい木の実でジャムをつくることさえ禁じられ、

 ある者は、奴らに奴隷のようにこき使われ、

 ある者は、奴らの持ち込んだ伝染病でいのちを落とし、

 ある者は、奴らにすべてを奪われた。

 ただ、この翼は、

 物見遊山の愚かしい奴らの前で、

 空中ダンスをすることにしか、

 はばたくことは許されなくなった。

 森はことごとく切り開かれ、農耕地になった。

 森を失って、清流は黄色く濁った。

 大雨でたびたび氾濫し、

 渇水でたびたび干上がった。

 風は土砂を巻き上げ、沃土はどんどん失われ、

 気温は上がり、湿度は下がり、

 大地は渇いて、緑は失われ、

 《森の国》は風の運んでくる砂によって覆われはじめた。

 鳥人たちの楽園であった《森の国》は、

 こうしてただの荒れ地になった。

 侵略者たちはこの国から

 むさぼり取れるだけむさぼり取って、

 この国を駄目にしたあげく、

 また次の沃土を目指して旅立っていった。

 鳥人たちは残った。

 かつての《森の国》は失われたけれども、

 この大地が彼らの手に戻った。

 川は干上がり、木々は枯れてしまったけれど、

 鳥人たちはこの地を取り戻し、

 天駈ける翼を取り戻したのだ。

 獲物は減ってしまったけれど、

 彼らはどこまでも飛ぶ事ができ、

 弓でもって鷹を追うことができ、

 夜は昔を懐かしみながら歌を歌う事ができた。

 そして、ふたたび緑の大地が戻る事を信じ、

 鳥人たちは荒れ地に木を植えはじめた。

 いつの日にか、その木に果実がすずなりに実を結び、

 おいしいジャムが、たくさん作られることを夢見ながら。

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