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【トラウマ】当時の私の印象
今日は塾講師二人にセクハラをされた私の印象を書いてみようかと思う。
分かりやすく言うなれば
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普通に、やんちゃな方だった。
眉毛はないに等しいし、塾にはジャージにサンダルというような見た目だった。
弱いようには見えないと思う。
けれど、カウンセラーは私に「あなたには武器がない」と言った。
武器がなければ国同士の交渉が平等に行われないように、武器がないあなたは平等に扱われない、というようなことを言われた。
家庭環境故に、とも言われた。
それが、いじめ、セクハラなどに繋がったらしい。
そして更にわたしには境界線がない。
ボーダー(境界性人格障害)の親友に人との境界線を完全に破壊されたとも言われた。
そのところを大人たちに漬け込まれたのだと思う。
だからわたしは見た目も行動もヤンキーちっく、学校ではずっと笑っているキャラ。
でも家に帰ると真っ暗な部屋で死にたいと泣き続けるような女の子になってしまっていた。
こんな見た目だったが勉強は出来た。
最初から出来なかったら落胆も無かったが、出来る方というか努力する方だった。
宗教のこともあり、本音で話すことを知らない私はもう痩せることでしか辛さを誰かに分かってもらうことは出来ないと思い、1ヶ月で5キロ痩せた。
たしか、34kgくらいになっていた。
みんな心配してたけどわたしは誰にも本当のことも、何もかもを、話していなかった。
みんなこんな見た目の女の子が、よく笑っていて友達も多いのに、悩みがあるなんて思わないだろう。
まさか家が宗教、激しい夫婦喧嘩、夫婦別居、親友からの誹謗中傷、1年以上の陰湿ないじめ、塾講師2人からのセクハラ、初彼が友達と浮気、鬱
を抱えてるなんて思わないだろう。
実際わたしは夏期講習の頃にもう会話もできないほどに健忘が進んでしまっていた。
だから大好きな10年続けていたピアノも先生が今何を言ったのか、教えたのか思い出せず意思疎通ができなくなってやめた。
いじめに耐えかね、母に一度だけ「もう学校に行けない…」と言ったが「神に祈りなさい」と言われ行った。
もう、本当に本当に地獄だった。
生きていることが地獄だった。
みんなが裏切る、誰も信じられない。
スクールカウンセラーのところに行かされたり救いの手はあるのに、話せないから掴めない。
そんな毎日だった。
だって救ってくれようとした保健の先生にまで母は喧嘩を売りに電話をかけたのだ。
私のほうが娘を知ってますから、と。
そして、13歳の頃に生きるために目標を設定した。
10年後も辛かったら、もう死のう。と。
そして、それが何よりの心の支えになった。
タイムリミットがある人生は少しだけ生きやすかった。
子供を亡くしたり、たくさん辛いことはあったが正直、この頃が一番辛かった。
純粋無垢な故に傷つき過ぎた。無知過ぎた。
信じ過ぎていた。それが仇となった。
どうか、セクハラやいじめだけでも私のような子どもがいないよう願う。