JW611 垂仁天皇崩御
【垂仁経綸編】エピソード33 垂仁天皇崩御
第十一代天皇、垂仁天皇の御世。
西暦59年、皇紀719年(垂仁天皇88)のある日のこと・・・。
ここは、多遅摩(兵庫県北部)。
清彦は、一族たちと共に、語らい合っていた。
すなわち、息子の田道間守(以下、モーリー)。
兄弟の多遅摩比多訶(以下、ヒタカ)。
姪っ子の葛城高顙媛(以下、タカヌ)である。
モーリー「見つかったんですよね?」
ヒタカ「出石の刀子であろう?」
タカヌ「淡道で見つかったそうですね?」
清彦「うむ。淡路島の民が、発見したんだわいや。」
モーリー「淡道の人たちによって、祀られたそうですね?」
清彦「うむ。社を建ててしまったんだわいや。」
ヒタカ「それは、取り戻せぬな・・・。」
タカヌ「大王も探してないんですし、それで、よろしいんじゃありません?」
モーリー「ところで、社の名前は、何て言うんです?」
ヒタカ「その名も、出石神社じゃ。」
タカヌ「えっ? 出石?」
モーリー「兵庫県豊岡市の出石町宮内に鎮座している、多遅摩の社と、同じ名前ですね?」
ヒタカ「出石の刀子を祀ったゆえ、同じ名となったのであろうな・・・。」
モーリー「ところで、淡道の出石神社の鎮座地は?」
タカヌ「こちらは、兵庫県洲本市の由良町由良に鎮座しております。」
モーリー「えっ? それって、エピソード484で紹介された、天日槍こと『ヒボコ』様が、大王から与えられた土地じゃありませんか?」
清彦「その通りだっちゃ。出浅邑だっちゃ。」
ヒタカ「もしかすると、神意というのは『ヒボコ』様の意志なのかもしれぬな。」
タカヌ「でも、あのときは、結局、断ってましたけど?」
ヒタカ「心変わりをしたのかもしれぬな。」
モーリー「ところで、淡道の出石神社ですが、祭神は?」
清彦「言うまでもない。『ヒボコ』様だっちゃ。」
モーリー「刀子から、『ヒボコ』様自身に変わったのか・・・。」
こうして、刀子は、ちゃっかり見つかっていたのであった。
そして、時は流れ、西暦61年、皇紀721年(垂仁天皇90)2月1日。
ここは、纏向珠城宮。
垂仁天皇こと、活目入彦五十狭茅尊(以下、イク)は、ある人物を呼び出していた。
その人物とは「モーリー」であった。
モーリー「お初にお目にかかります。どういった用件で、私を呼び出されたのでしょうか? もしかして、刀子のことですか?」
イク「刀子? それについては、諦めてるよ。」
モーリー「そ・・・そうですか。」
イク「それより、汝に、お願いしたいことが有るんだ。」
モーリー「何でしょう?」
イク「常世国(あの世のこと)に、非時の香菓という果物が有るそうなんだけど、これを採りに行ってくれないかな?」
モーリー「橘・・・『蜜柑』ですね?」
イク「やっぱり、汝に頼んで正解だったね。」
モーリー「えっ? 私を、そこまで買っておいでだったのですか?」
イク「当たり前じゃないか。汝は、あの『ヒボコ』の玄孫・・・。これ以上の人選が有ると思う?」
モーリー「か・・・かしこまりました。すぐにでも、求めて参ります!」
こうして「モーリー」は、旅立っていった。
そして、あっという間に、九年の歳月が流れた。
すなわち、西暦70年、皇紀730年(垂仁天皇99)7月1日。
運命の時が、迫ろうとしていた。
イク「そういうことで、僕は、これにて、クランクアップだよ。」
そこに、日嗣皇子の大足彦忍代別尊(以下、シロ)がやって来た。
シロ「大王・・・。あとは、我に、お任せくださりませ。」
イク「任せたよ。それにしても、蜜柑を・・・この目で見られないのは・・・残念だね。」
シロ「お気を確かに!」
イク「でも、いいんだ。狭穂姫こと『さっちん』や、日葉酢媛こと『ひばり』に会えるんだから・・・。」
シロ「父上・・・(´;ω;`)ウッ…。」
イク「そ・・・そうだ・・・。誉津別こと『ホームズ』が、しゃべれるようになったって・・・『さっちん』に言挙げしないと・・・ガクッ。」
シロ「父上ぇぇ!!」
第十一代天皇、垂仁天皇が崩御したのであった。
つづく