ジャパンウォーズ6　新たなる希望

【神武東征編】エピソード6　新たなる希望

菟狭うさ（現在の大分県宇佐うさ市し）を訪おとずれた、狭野尊さの・のみこと（以下、サノ）一行いっこうは、菟狭の民たみが建造けんぞうした、足一騰宮あしひとつあがり・のみやにて歓待かんたいされた。

歓待・・・すなわち宴うたげが催もよおされたのである。「記紀きき」では、これを大御饗おおみあえと表現している。簡単にいえば、大宴会ということである。

宴えんもたけなわ、ここで菟狭うさの長おさ、菟狭津彦うさつひこ（以下、ウサ夫お）が、ある一人の女性を紹介した。それは、彼の妹、菟狭津媛うさつひめ（以下、ヒメ）であった。

ヒメ「お初はつにお目めにかかりまする。うちが、ウサツヒメっちゃ。以後、お見知みしりおきを・・・。」

ここで兄の菟狭津彦うさつひこが苦言くげんを呈ていした。

ウサ夫お「そうじゃなかっ！　わがんおまえの想いを伝えるち、言うたやろうがっ！」

ヒメ「えっ！？」

ウサ夫お「えっ、じゃなかっ！　嫁よめにしてくれち、お願いするこつことになっちょったろうが。」

ここで本編の主人公、サノが菟狭津彦うさつひこに尋たずねた。

サノ「どういうことじゃ。我われの嫁になりたいと申もうすか？」

ヒメ「ち・・・違ちがうっちゃ。」

サノ「では、誰の嫁になりたいのじゃ？」

ヒメ「そ・・・それは・・・。」

ウサ夫お「ああ、ひちくじいこつだらだらくどいこと言わんで、はよ早くお願いせいや。」

ヒメ「あ・・・あの、あんたは、うちのこつこと、好きなん？」

菟狭津媛うさつひめの視線の先にいる人物は、サノではなく、マロ言葉ことばの家来けらい、天種子命あまのたね・のみことであった。

天種子あまのたね「えっ！？　我われか？」

ヒメ「菟狭うさに着ついた時から、うちのこつこと、ずっと見てたやろ？」

サノ「なっ！？　まこっちゃホントに？」

天種子あまのたね「まあ、その、てげすごくむぞらしいかわいいなあと・・・。」

ここで筋肉きんにく隆々りゅうりゅうの家来、日臣命ひのおみ・のみことと息子の味日命うましひ・のみことが口くちを挟はさんだ。

日臣ひのおみ「あ・・・あまのたねっ！　言葉がっ！　言葉がっ！」

味日うましひ「宮みや言葉ことばを忘れてるっちゃ！」

天種子あまのたね「なっ！？　えっと、ええっと・・・。」

そのとき、三兄さんけいの三毛入野命みけいりの・のみこと（以下、ミケ）が吼ほえた。

ミケ「ああ、しんきなイライラする。てにゃわん仕方ないな。わしが代かわって言ってやる。」

ここで、天道根命あまのみちね・のみこと（以下、ミチネ）と息子の比古麻ひこまが疑問ぎもんを投なげかけてきた。

ミチネ「はっ？　ミケ様さま？　何なにを？」

比古麻ひこま「ミケ様さまが求婚きゅうこんしても、意味がないと思うんですが・・・。」

ミケ「じゃっどんしかし、このままでは埒らちが明あかん。」

味日うましひ「じゃ・・・じゃっどん、比古麻ひこまの言う通り、意味がないような・・・。」

サノ「兄上・・・。一体いったい、どうなされる御所存ごしょぞんか？」

ミケ「菟狭津彦うさつひこ殿どの、汝いましの妹御いもうとごをよめじょ嫁にしたいっちゃ。わしにくんないください。」

次兄じけいの稲飯命いなひ・のみことと椎根津彦しいねつひこ（以下、シイネツ）も苦言くげんを呈ていする。

稲飯いなひ「このような『記紀きき』にはない、やり取りは無用むようぞ。だいたい、求婚のシーンすらないではないかっ！」

シイネツ「稲飯いなひ様さまの申もうされる通とおりっちゃ。さっさと本題ほんだいに移るべきかと・・・。」

日臣ひのおみ「じゃっどん、作者が、どうしても宴うたげの場ばを描えがきたいと・・・。」

稲飯いなひ「それでも、ミケが言っても意味がないのは明白めいはくやろうがっ！」

ミケ「兄上！　これはわしの言葉やない。天種子あまのたねの心の声やかいだから・・・。」

稲飯いなひ「おい、あまのたねっ！　はよ早く自分の言葉で言わんかっ！」

天種子あまのたね「う・・・うさつひこ殿どの、汝いましの妹御いもうとごをよめじょにしたいっちゃ。わしにくんない。」

日臣ひのおみ「そ・・・そのまんまっちゃ！　ミケ様さまの言葉と、何なんも変かわっちょらん！」

ウサ夫お「で・・・では、うちの妹を貰もらっていただけるので？」

天種子あまのたね「あ・・・当たり前やないか。我われの嫁になるんわ、ウサツヒメのほかにあらしゃいません。」

ヒメ「まこち本当に、嫁に貰もらってくれるんかえ？」

天種子あまのたね「ま・・・まこち・・・ホンマや。我われの想いは、ほんまもんや。」

サノ「台本にはない展開となったが、何なんとか話はまとまったようじゃな。」

稲飯いなひ「サノよ。汝いましも主あるじとして、作者の横暴おうぼうを許ゆるしてはならぬぞ。」

サノ「まあ、良いではありませぬか。高千穂たかちほと菟狭うさが親戚しんせきとなるのです。これほど素晴すばらしいことはないと思いまするが・・・。」

稲飯いなひ「それは重々じゅうじゅう承知しょうちしておる。じゃっどんしかし、話の流れが気に入らんと申もうしておるんやっ！　そもそも恋仲こいなかであったかどうかも分わからんのやぞっ。」

サノ「政略結婚せいりゃくけっこんであった可能性もあるということですな・・・。」

シイネツ「じゃっどんしかし、同盟を組くむのに、血縁関係けつえんかんけいを結むすぶのは得策とくさくっちゃ。我わが君きみや皇族こうぞくの皆様方みなさまがたに、適齢期てきれいきの人物がいなかったということも考えられるんやに。」

サノ「我わが息子、手研耳命たぎしみみ・のみことでは、ダメだったのか？」

シイネツ「それは分わかりませぬな。なにしろ、我々の時代は、遠い昔のことやかいだから。」

味日うましひ「何なにはともあれ、世紀のカップル誕生やじ。」

比古麻ひこま「味日うましひ・・・それは、どういうことだ？」

味日うましひ「実じつは、この夫婦めおとから、伝説の一族が始まるんやじ。その名も、摂関家せっかんけ。天種子あまのたねのおっちゃんは、中臣氏なかとみ・しの先祖。そして、そこから派生はせいする藤原氏ふじわら・しの先祖なんや。」

比古麻ひこま「そ・・・そんな重要な結婚だったなんて・・・。」

サノ「じゃがそうだ。そのために、ここまで紙面しめんを割さいたのじゃ。」

稲飯いなひ「それが気に入らんのやが・・・。」

ともあれ、その日の夜、寝所しんじょで二人は語り合った。

天種子あまのたね「我われのじいちゃんはな・・・。天児屋根命あまのこやね・のみことといってな・・・。すごい御人おひとなんや。」

ヒメ「どんな、お方かたなん？」

天種子あまのたね「天照大神あまてらすおおみかみが天岩戸あまのいわとにお隠かくれになった際、祭祀さいしを取り仕切ったんが、我われのじいちゃんや。」

ヒメ「あの大神おおかみにお仕つかえしてたん？」

天種子あまのたね「それだけやないでっ。我わが君きみの曾祖父そうそふ、瓊瓊杵尊ににぎ・のみことの天孫降臨てんそんこうりんの際には、一緒に天あま下くだりしたんや。」

ヒメ「す・・・すごい。それで、あんたのお父さんは？」

天種子あまのたね「親父おやじか？　親父は、天押雲根命あめのおしくもね・のみことといってな・・・。ニニギ尊みことに天津水あまつみずを奉たてまつったと、摩氣まけ神社じんじゃの伝承に書かれておる。高天原たかまのはらの水ということやな。」

ヒメ「摩氣まけ神社じんじゃ？　初耳はつみみなんやけど・・・。」

天種子あまのたね「今の京都府南丹なんたん市し園部町そのべちょうにある神社や。昔の丹波たんばやな。」

地図（摩氣神社）

摩氣神社（拝殿）

ヒメ「あんた！　南丹なんたん市しも丹波たんばも、未来の話よ！」

天種子あまのたね「せ・・・せやったな。異国とつくにの言葉でいうたら、フライングっちゅうことやな。せやけど、伊勢国造いせ・のくに・のみやつこの系図では、マロの父親は天波与命あめのはよ・のみことといって、天押雲根命あめのおしくもね・のみことは祖父そふ、天児屋根命あまのこやね・のみことは曾祖父そうそふになってるんや。どっちがホンマやろな。」

ヒメ「どちらにせよ、うちとあんたの子孫が、この国の希望になるんやね。」

天種子あまのたね「希望って、大げさやな。」

ヒメ「そんなことないっちゃ。この国の政治の在あり方かたを大きく変え、サノ様の御一族が存続する礎いしずえになることは確かっちゃ。」

天種子あまのたね「ほ・・・ほんまか？」

ヒメ「うちらの子孫が政治を司つかさどったおかげで、政治と祭祀さいしが分離ぶんりされるんや。幕府ばくふができても、権力者が入いれ替かわっても、サノ様の御一族には、何なんの支障ししょうもない状況になったんやけんだから、これはどう考えても、うちらの子孫の功績こうせきっちゃ。」

天種子あまのたね「言われてみれば、そうやなぁ。我われとおまえの子孫は、すごい奴やつらや。」

ヒメ「さあ、あんた！　今夜こんやから伝説が始まるに。新たなる希望が生まれるけんから！」

天種子あまのたね「ぎょうさんたくさん新たなる希望を産んでくんないください。」

だが、結局、新たなる希望は一人しか生まれなかった。宇佐津臣命うさつおみ・のみことである。宇佐麻呂うさまろとも呼ばれる。

ちなみに、天孫てんそん一行いっこうは、菟狭うさの地ちに一か月ほど滞在したと伝わっている。