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ゲームと精神医学(6): テトリスでPTSDを治す!?~海外研究の紹介~

皆様、こんにちは!鹿冶梟介(かやほうすけ)です。

人気シリーズ「ゲームと精神医学」も今回で6回目を迎えました。

今まで紹介したゲームは比較的新しいものをご紹介してきましたが、今回はちょっと古いゲームをご紹介いたします。

それは、落ちゲーの元祖「テトリス」に関する研究紹介です!

テトリス(Tetris)は1984年に開発されたゲームで、当時ソビエト連邦のコンピューターサイエンティストのアレクセイ・パジトフが考案しました。

上から落ちてくるテトリミノ(ブロック)を左右に動かしたり、回転させることで積み重ね、横一列のラインが揃うとテトリミノが消えて得点が得られる...、というシンプルなゲームです。

小生が初めてテトリスをやったのは、ゲームボーイ版が発売された時であったと記憶しておりますが、当時既にドラクエなどを嗜んでいた小生にとって、「こんな単純なゲームが面白いのか?」という疑問をもっていましたが、いざはじめるとハマりましたね〜😅

(今振り返ると、テトリスの面白さって梱包材のプチプチを潰すのと共通するような中毒性があります...)

今回のnote記事は、そんな中毒性の高いテトリスが精神疾患PTSD*に有効...という興味深い研究結果についてご紹介いたします。

皆様もテトリスをやりながら本記事を楽しんでくださいな(そんな器用なことはできない?)☺️

*PTSD(Post Traumatic Stress Disorder): 生命の危険を感じるようなトラウマ体験により引き起こされる症状。通常不快な経験は1ヶ月以内で消退するが、PTSDは症状が1ヶ月以上持続する場合に診断が与えられる。症状としては、侵入症状(フラッシュバックなど)、回避症状(出来事を思い出さないようにする)、思考や気分への影響(感情の麻痺など)、覚醒レベルの変化(不眠、集中困難)などを含む。

↓スイッチ版ですが、テトリスやってみませんか?



【研究紹介】

<目的>

テトリスがPTSDの症状や患者の脳構造にどのような影響があるかを調べる。

<方法>

参加者: ドイツ連邦軍の戦闘関連PTSD患者40名を治療開始前に募集し、実験的テトリスと療法群(n=20)と療法のみの対照群(n=20)に無作為に割り付けた(全員)。

手順: 対照群では参加者は通常通り眼球運動脱感作・再処理(EMDR**)療法を受けた。テトリス群ではEMDRに加え約6週間後のセラピー開始から終了まで毎日60分のテトリスをプレイした(詳細は後述)。参加者は、治療前後に構造MRIと心理学的質問票に記入し、約6ヵ月後の追跡調査時に心理学的質問票のデータを収集した。

**EMDR(Eye Movement Desensitization and Reprocessing): PTSDに有効な治療法。トラウマの原因となった出来事を思い出しながら、治療者の指を目で左右に追うことを繰り返す。

テトリス: テトリス群の参加者には、ニンテンドーDS XLゲーム機とゲームソフト「テトリス」が与えられた。参加者は1日60分間プレイするよう求められた。参加者はEMDR療法を受けた日は、セラピー終了後6時間以内にテトリスをプレイすることが求められた。

質問用紙: 参加者の軍事配備期間と配備中の経験を評価するため、ドイツ語版の戦闘経験尺度と軍事配備の回数と期間に関する項目を含む研究固有の質問票に回答させた。

心理症状を評価するため参加者は各ニューロイメージングセッションの前に、以下の自己報告式質問票のドイツ語版にも記入した:Posttraumatic Diagnostic Scale(PDS: PTSDスコア#)、Beck Depression Inventory II(BDI-II: うつ症状スコア#)、State-Trait Anxiety Inventory(STAI: 不安症状スコア#)。

#本記事ではわかりやすくするためPSDをPTSDスコア、BDI-IIをうつ症状スコア、STAI症状スコアと呼ぶ。

MRI: 3 T Magnetom Tim Trio MRIスキャナーシステムと12チャンネル高周波ヘッドコイルを用いて構造画像を取得した。

MRIデータ解析: 灰白質の局所的な量(体積)を推定するために、ボクセルベースの形態計測を用いた。全脳ボクセルごとの因子分析を行った。成人のPTSDによく関与する領域である海馬の関心領域(ROI)分析を行った。海馬体積の増加とその後の症状の軽減との関係も評価した。全脳分析で同定されたクラスターを用い、治療後の海馬灰白質容積から治療前の海馬灰白質容積を引くことにより、海馬の変化を算出した。また、治療後の得点から治療後のPDS(PTSDスコア)、BDI-II(うつ症状スコア)、STAI(不安症状スコア)の得点を引いて症状の変化を計算した。そして、これらの変化スコアを各群別に相関させた。

<結果>

全脳解析の結果、テトリス群では治療後、右海馬の灰白質体積が対照群と比較して有意に増加した(図1)。

図1:テトリスをすると海馬容積が増加する。

反復測定分散分析の結果、時間の主効果が認められPTSD症状の有意な減少が認められた(図2A)。 不安症状スコア(STAI)は有意に減少したが、抑うつ症状は有意な減少はみられなかった(図2C,E)。
群×時間の交互作用は、PDS(PTSDスコア)やBDI(うつ症状スコア)では有意ではなかったが、STAI(不安症状スコア)では有意な交互作用が認められた(図2ACE)。
両群とも、6ヵ月後の追跡調査においても、PTSD症状は治療前より有意に改善していた(図2A)。テトリス群だけが、6ヵ月後の追跡調査でも、不安症状の有意な減少を示したが、抑うつ症状の有意な減少はみられなかった(図2E)。
海馬の増加は、テトリス群では治療終了から追跡調査までの間のPTSD、抑うつ、不安の症状の軽減と相関していたが、対照群では相関していなかった(図2BDF)。

図2AおよびB: PTSDスコア
図2CおよびD: うつ症状スコア
図2EおよびF: 不安症状スコア

<結論>

テトリスはPTSDの補助的治療として有用かも知れない。またテトリスによる海馬容積の増加は治療効果を持続させる可能性がある。


【鹿冶の考察】

研究結果について補足いたします。

この研究結果の要点としては...、

#1.PTSD患者にテトリス+EMDRを実施すると、EMDRのみよりも海馬灰白質の容積が増加する。
#2.テトリス+EMDRの併用はPTSDの症状を軽減するが、EMDRのみの効果と大きな違いはない。
#3.しかし、テトリス+EMDRの併用による海馬容積の増加はPTSDの症状の緩和と相関を認めた。
#4.テトリス+EMDRの併用はうつ症状の改善効果はEMDRのみと同様に認められたが、その効果は6ヶ月経過しても持続する。
#5.#4の効果も海馬容積の増加と相関を認めた。
#6.テトリス+EMDRの併用は不安症状の改善効果はEMDRのみと同様に認められたが、その効果は6ヶ月経過しても持続する。
#7.#6の効果も海馬容積の増加と相関を認めた。

要するにテトリスとEMDRの併用はEMDRのみと比べてPTSD改善効果に差はないが、PTSDに伴ううつ症状や不安症状の改善効果を6ヶ月持続させ、この効果はテトリスによる海馬増加と関係がある...、ということなのです。

従って「テトリスがPTSDを治す!?」というのは、やや誇張がありますね(すみません...)。

しかし、PTSDはうつ症状や不安症状を伴うため、テトリスによる抗うつ効果、抗不安効果は注目に値すると思います。

<以前のテトリスとPTSD研究>

ここまで説明しておいてなんですが、実はPTSDをテトリスで治療する...という発想はかなり以前からありました。例えば2009年にHolmesらは、トラウマフィルム(交通事故や暴力シーンの映像)を見せたあと、テトリスをプレイさせたところ何もしなかった群に比べてその後1週間の侵入記憶(再体験症状)が減少することを示しました(参考文献2)。

またIyaduraiらは、救急外来に運ばれる交通事故患者に事故から6時間以内にテトリスをやってもらったところ、何と1週間後のフラッシュバンク現象は何もしなかった群にくらべて62%も少ないことがわかったのだ(参考文献3)。

このようにテトリスとPTSDに関する研究はそれほど新しい話ではありませんが、今回ご紹介した論文のスゴイところは、テトリスをすることで海馬の容積が増えることを示した点です。ご存知のように海馬は記憶を司る器官ですが、テトリスがこの記憶器官を構造的に変化を与える...というのは本当に驚きです。

<なぜテトリスはPTSD関連症状を減らすのか?>

それではなぜテトリスはPTSDやそれに関連する症状を軽減するのでしょうか?

今回紹介した論文の筆者らは、「海馬における神経新生(神経のリニューアル)により、古い神経回路が新しい神経回路に置き換わる結果、トラウマ記憶が弱められる」と説明しております。

しかし、テトリスがなぜ海馬の容積を増やしたかについては、「ストレスレベルが高いとグルココルチコイドの濃度が上昇する結果、海馬容積の減少が起きる」と説明しており、おそらくこれは「テトリスがストレス発散に繋がった」という意味と感じます(論文ではそこまでダイレクトには書いておりませんが...)。

<ゲームによる治療の未来>

昔から「ゲーム=悪いもの」と考えられてきました(皆様もゲームばかりして...なんて怒られた方いるんじゃないでしょうか?)。

さらに2019年に採択された疾病分類ICD-11では「ゲーム症(ゲーム障害): Gaming disorder」という疾患概念が提唱され"ゲームは有害なも"のという認識が益々強まりました。

しかし、小生がシリーズ「ゲームと精神医学」で紹介してきたように、ゲームが精神疾患にとって有益なこともあるのです(スーパーマリオ、ポケモンGOの記事をご参照ください)!

一概に「ゲームはダメ」と決めつけず、人々の健康や生活に有益なものについてはもっと研究を進めて社会に役立てて欲しいと思います。

特に日本はゲーム産業が盛んな国なので、「医療用ゲーム」などの新しい分野への参入は期待できるのではないでしょうか?

↓過去記事を是非、ご参照ください!


【まとめ】

・テトリスが人間の海馬を増加させ、PTSDに関連するうつ症状や不安症状を軽減させることを示した海外論文を紹介しました。
・テトリスによる海馬増加効果がPTSDに関連する病的症状を緩和すると筆者らは考えております。
・テトリスのPTSDへの有用性は15年ほど前から指摘されてきました。
・ゲームの有害性ばかり注目されていますが、テトリスのように精神疾患に有益なゲームに関する研究はもっと進めるべきと小生は考えます。
・日本のストロングポイントであるゲーム産業を今後は医療にも是非広げて欲しいと思います。

↓テトリス風のキッズ用知育玩具です。高齢者にもよさそうですね。


【参考文献など】

1.Trauma, treatment and Tetris: video gaming increases hippocampal volume in male patients with combat-related posttraumatic stress disorder. Butler O et al., J Psychiatry Neurosci, 2020

2.Can playing the computer game "Tetris" reduce the build-up of flashbacks for trauma? A proposal from cognitive science. Holmes EA, et al., PLOSONE, 2009

3.Preventing intrusive memories after trauma via a brief intervention involving Tetris computer game play in the emergency department: a proof-of-concept randomized controlled trial. Iyadurai L et al., Mol Psychiatry, 2018

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